黒い霧事件と赤ちゃんあっせん事件と十一谷義三郎の『花より外に』―読書月記51

(敬称略)

久々に「野球賭博」という言葉がネットに溢れたのを見てビックリした。ただ、私の中では「野球賭博」という言葉は「八百長」という言葉とセットだ。私の子ども時代、1960年代末から1970年代初頭、プロ野球界を賑わせたこの二つの言葉は、最終的に「黒い霧事件」という言葉に集約されていく。
日本のプロ野球では、1970年代には様々な世間を騒がせる事件も多かったが、やはりこの「黒い霧事件」ほどショッキングなものはなかったと思う。ただ、1980年代に入ると「黒い霧事件」そのものを知らないプロ野球ファンも増えていった。

ところが、この事件が1990年代になって意外なところから現れてくる。1991年に放送されたドラマ『もう誰も愛さない』に物語の背景として出てくるのだ。当時、このドラマをリアルタイムで見ていたので、「黒い霧事件」という言葉が出てきたときには、驚いた。私よりも若い視聴者のなかには、まったく何のことか理解できない人も多かったのではないだろうか(今なら、ネットで簡単に調べられるが、当時はそれが不可能だった)。
そして「黒い霧事件」が背景として使われたことで思い出したのが、その前年、1990年に放送されたドラマ『都会の森』。こちらは1973年の「赤ちゃんあっせん事件」が使われていた。ただ、ドラマでは医師の名前も変えられており、こちらも私より若い視聴者は、実際にあった事件だと分からなかった人が多かったのではと思う。それと、脚本家がそれぞれ過去の事件を巧みに利用するものだとも思った。

そういった意味では、ネットの時代はいい時代だ。司法ドラマ、刑事ドラマなどでモデルとなる事件があると、すぐにネットで話題になるし、簡単に調べられる。その事件のルポなどが本にまとめられていれば、Amazonなどのネット書店、そこになければ、古本関係のサイトで見つければいいし、古書が高価だったら、近所の公立図書館、そこになければ、都道府県立図書館の蔵書をネットで探せばいい。

ただ、問題がある。極めて根本的な問題があるのだ。本が書かれていなかったら、どうしようもないのだ。今回の「野球賭博」騒ぎが気になって、「黒い霧事件」について書かれた本を探してみたが、ないのだ。「赤ちゃんあっせん事件」に関しては、「あっせん」を行った当事者である菊田昇医師が書いた本も含め何冊かあるのに(私は図書館で菊田医師が書いた『私には殺せない』を読んだ)、「黒い霧事件」に関しては、Wikipediaを見る限り、参考文献として挙げられているのは、笹倉明の『復権 池永正明、35年間の沈黙の真相』だけ。私は未読だが、同書は池永正明がメインの本なのである。だから黒い記事件に関するWikipediaの記述の出典のほとんどは新聞の縮刷版である。
これは、ある意味で不思議な話だ。事実上の永久追放も含めると9人の選手が球界を去り(1人は後に復権している)、ほかにも10名の選手が処分を受けている。併せて19人のうち投手は14人、100勝以上した投手が5人(1人は200勝を、1人は完全試合を達成している)が含まれているのに、だ。まあ、上にも書いたように事実関係ならWikipediaで詳細を見ることは可能だが…。

まあ、雑誌や新聞に掲載されても、すべての記事や文章が書籍になるわけではない。小説でも同じようなことがある(当然だが、漫画でもある)。『風流夢譚』や『政治少年死す』(発表されてから50年以上が経過した2018年にようやく書籍化された)のような政治絡みのケースもあるが、人気がない、作者が気に入らないなどもっと単純な理由で書籍化されないものもある。

さて、昭和初期に活躍した小説家・十一谷義三郎に『花より外に』という作品がある。1936(昭和11)年に朝日新聞に連載されたものだ。私は中村真一郎のエッセイを読んで知ったのだが、同作品は田沼意次が老中をしていた江戸時代を舞台にした小説で、村田春海や加藤千蔭といった国学者たちが登場する。記憶だと、中村のエッセイには、新聞連載の話は書かれていたが、書籍化されたとは書かれていなかった。それもあり、タイトルで検索をかけても古本などでヒットしなかった段階で、書籍化されていないと判断した。ただ、田沼時代の学者たちの関りには興味を持っていたこともあり、国会図書館に行って、マイクロフィルムから連載部分をコピーしてもらった。ところが、そのコピーが行方不明になっていることに、最近になって気づいた。そこで、再度検索をかけたところ、「古雜文庫」というサイトで電子書籍化されているのを発見した。そこに書かれた情報によると、『花より外に』は『あど・ばるうん』という書籍に収録されていたのだ。てっきり、書籍化されていないと思っていただけだったのだ。

なお、これにはオマケがある。この『花より外に』はコンピュータでもスマホでも読むことが可能だけど、別にEPUBファイルをダウンロードできるようにもなっている。しかも、このEPUBファイルは、現在はAmazonのkindleで読むことも可能なのだ。さっそく、ダウンロードし、kindleで読めるようにした。また、その作業の過程で気付いたのだが、大同生命国際基金が刊行している「アジアの現代文芸」シリーズの電子書籍化された作品もEPUBファイルになっているので、同じようにkindleで読むことができるのだ。同シリーズは非売品(「日本の古本屋」で出品されているときがあるが、おそらく寄贈された人が古書店に流したのだろう)なので、とても嬉しい。

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