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繊細な手の機能を再獲得する

食事、家事、字を書く、絵を描く、パソコンを操作する、楽器の演奏、テニス、ゴルフ…わたしたちは、あらゆるところで手を無意識に使っています。また握手する、手を振るなどコミュニケーションにも欠かせない部位。常に露出しているから整容面も気になります。
そんな手の不具合を治す手外科医の篠原医師。その手術後に欠かせないのがリハビリテーションです。作業療法のなかでも「ハンドセラピー」という手のリハビリを専門にする工藤さんに、話を聞きました。(2023年12月22日配信)《作業療法について2》

手術とリハビリは一体

イズミン 工藤さんは、早くから手の作業療法の専門家であるハンドセラピスト目指して、いろいろ勉強してこられたそうですね。どうして、興味を持たれたのですか?

クドウ 学生時代に整形外科領域の作業療法士さんの講義を聴いて大変感銘を受けまして、ストレートにいってしまうと、純粋にカッコいいと思いました。しっかりと運動学や解剖学に沿って評価し、ときには装具を作ったりして、とにかく憧れました。

イズミン 手のリハビリの特徴、重要なポイントはどんなところにありますか?

クドウ やはり先生たちが完璧な手術をされますので、その後療法として、拘縮(手指が硬くなってしまうこと)を防ぐことが最重要ポイントかなと思います。硬くなってしまうと、今まで通りの生活やお仕事ができないといった支障が出てしまうので、しっかりとしたリハビリを提供しないといけないと思っています。

シノハラ 僕の考えとしては、手術後のリハビリがあって初めて治療が完成するんです。例えば僕が当然、常に100%をめざして手術していますが、自分がなるべく頑張り、手術しておしまいじゃなくて、手が良くなるためにはハンドセラピストの方に、しっかりリハビリをやっていただかないと、僕が最初に計画した手の機能の回復は成立しない。手の手術とハンドセラピーを合わせてひとつの治療形態だと考えています。

イズミン お互いパートナーですね。
装具を作ったりもするそうですが、どうやって作るのですか?

クドウ 患者さんの手をしっかりと評価し、採型して型を取り、熱可塑性の素材(熱を加えると柔らかくなるプラスチックのようなもの)を使って作成します。つけ外しのできるギプスのようなもので、例えば、曲がった指を伸ばすのに、ゆっくり弱い力をかけて少しずつ指が伸びるようにするためのものとか、患者さんの練習メニューに応じて、複数作ることが多いです。日中はこちらの装具をつけて過ごし、リハビリするときは別の装具を使ってくださいというふうに、使い分けます。

イズミン 篠原先生からは、どのような形でリハビリの依頼を受けて、どのように連携するのですか?

クドウ 手術のときから声をかけていただいて手術室に入り、手術中の所見を共有させてもらっています。そこで、固定の仕方や、リハビリをどう進めていくかなどをディスカッションし、その翌日ぐらいからリハビリ開始です。

シノハラ 術中に、例えば腱(指を動かすスジ)を縫ったりするのですが、すぐに動かすとほつれてしまう。だからといって動かさなければ硬くなってしまう。動く指にするためには、糸がほつれないように動かさないといけないんです。
 縫う強度とか、縫った状態というのは患者さんによって違うわけですが、それは手術中じゃないとわからないんですね。後で口頭で伝えても不十分なので、ハンドセラピストに実際に手術室に来てもらって患部の状態を一緒に把握してもらいます。「これぐらいしっかり縫えたのでリハビリはこんな感じでいきましょう」とか、「いつもよりも組織が弱くてしっかり縫えていなくて、ほつれちゃったり切れちゃったりすると困るから、こんな感じでやりましょう」とか、その患者さんの、その状態においてはどんなリハビリが理想的で、どういう段階を踏んでやっていくとより良い手になるかをディスカッションして進めるという感じですね。

クドウ 手術の翌日には固まらないように、ちょっとずつ始めていきます。手術室で得た情報をもとに、いかに早く安全にリハビリを始めるかが重要です。患者さんも不安が大きいですし、先生たちも忙しくてなかなか患者さんから質問しにくいといったときにも、ぼくたちが手術の状況を把握できていればと、患者さんに状態を説明することができますし。

シノハラ あと、やはりリハビリが手術のときに決めた通りに順調にいけば、それが一番いいんですけど、なかなかそういうケースばかりでもなくて、思ったより関節が硬くなってるなとか、思ったよりもリハビリが進んでないなということもあります。そういうときにのんびりしてると、すぐ動きが悪くなったりするんですね。だから、僕はよくリハビリ室に行って、リハビリの進捗具合を把握するようにしています。順調に進んでいればそれで良いですし、もう少しこういうリハビリを加えた方がいいんじゃないかといった改善提案や意見交換をするようにしています。

イズミン 篠原先生からち治療戦略を変えようかみたいな話があるとどうするんですか。

クドウ 正直「シマッタ!」と思います。ハンドセラピーに携わる者としては、ドクターに言われる前に、やっぱり自分たちから動くことを常々意識はしているんですね。
 手術を見せてもらって、リハビリを進めてきて、ここは改善したほうがいいんじゃないかと、こちらのほうから提案したいと思っているので、先生から先に言われてしまうと少し悔しい。

イズミン でも、おふたりでディスカッションしながら、より良い方法を見つけていくというのは素晴らしいですね。
 手のリハビリって1日に何回もやるんですよね。リウマチの手術後、3週間ぐらい入院して、毎日3回リハビリ室にこられて頑張っている患者さんにお会いしました。大同病院は急性期病院で平均在任日数が10日を切ってるわけですけれども、こういう病院で非常にきめ細かくやってくださるんだなとちょっとビックリしました。

クドウ やはり入院管理のもとでいかに安全に、かつ早期からやるかといったところが大事になります。1日1回20~30分やったくらいでは、拘縮は進行してしまいます。1日3回ぐらいは僕らの管理下でしっかりと運動していただいて、自主練習の指導させていただきますので、リハビリ室に来ていない時間帯にも病室で、ご自分で頑張っていらっしゃいます。そのくらいやらないと、手術した意味がなくなってしまう、いい手は築きあげられないんですね。

シノハラ 特殊なリハビリを集中的に行わなければならない手術は限定的ではあります。例えば指を曲げる腱が切れてそれを縫ったとか、腱が切れて時間が経ってしまい直接縫合できないから他の腱を持ってきたとか、リウマチで変形した手関節を手術したとか、そういう場合はやはり術後すぐに動かす練習をしないと、指が拘縮して、使い勝手が悪くなってしまいます。大体3週間ぐらい入院していただいて集中的なリハビリを行うことになりますね。

繊細な手を守るため、一切の妥協を許さない

イズミン ハンドセラピーの一番のやりがいとはズバリ何でしょうか?

クドウ 最終的には患者さんが元の生活に戻り、職場復帰されて「本当にありがとうね」と言われたときというのは、ものすごくやりがいを感じます。
 装具を作るタイミングが少し遅れるだけでも、機能障害が残る可能性が高くなります。なので術後にこういう場合に障害が出そうだと予測を立てたなら、早い段階で僕らは装具を作成して、それを改善予防する必要性があります。そのタイミングを逃さず早く介入して、後遺症を回避して良くなったら、本当に良かった!と思います。

イズミン しかも手は顕著に見えますもんね。

クドウ 手外科の領域では、手術して退院した後、転院せずにこの病院の外来でリハビリを続けていただくので、ここで完結しなくてはという使命感もあります。患者さんもすがる思いで来てくださると思うので、僕らも頑張ります。

シノハラ 僕はリウマチによる手のひどい変形なども、いろいろ治療しています。人工指関節を使って曲がっている手をまっすぐにしたり、関節が壊れていなければ、軟部形成術という、人工関節を使わずに指の変形を矯正する方法を採用したりするんですが、曲がった指をまっすぐにするだけなら、ある程度のスキルがあればできると思います。しかし、その変形を直してさらに動く指、日常生活で積極的に使える指にするのはやはりすごく難しいんです。じゃあ手術を極めればそれでうまくいくかというと、そんなことはなくて、やはりハンドセラピーが必要です。
 だからハンドセラピストの方に活躍していただいて、本当に患者さんが喜んでくれると僕もやってよかったと思うし、ハンドセラピーの方も達成感があるよね。

クドウ リウマチなどで指が変形してしまって、人前で手を出せないという方が手術して、手がある程度きれいになって使えるようになったら、急にマニキュアをされたりするのを見ると良かったと思います。

イズミン 確かに術後数カ月、数年後の症例写真を拝見するとマニキュアをしていたり、アクセサリーが付いていたり、すごく手が嬉しそうなんですよね。

シノハラ そのためにはリハビリがすごく大事なんで、ハンドセラピーをしっかりやっていただく、それができるスタッフがいるというのは大事なんです。

イズミン 篠原先生みたいな国内でも有数の手外科のエキスパート医師とはたらくってどうですか?

クドウ もう、光栄でしかないですよね。

シノハラ 言い過ぎじゃないですかね、笑

クドウ 厳しいですけど、プロフェッショナルの先生方とはたらくため、自分もプロフェッショナルな気持ちを持って、緊張感をもってやれることは、作業療法士としての人生で成長できて大変いいものだなと思っています。
 やはりどうしても年齢を重ねると、漫然となってしまう傾向が強いと思いますが、しっかりといいプレッシャーを保ちながら、本当に毎日勉強させていただいてます。

イズミン 篠原先生は、厳しくしてるとか、褒めないとおっしゃっていましたね。

シノハラ 厳しくというか、一切妥協しないようにしています。
だからこれぐらいでいいよとかは許さない。結果として常に100点取れるかは別として、100点を取る姿勢は崩さないように、僕は自分でしているので、手の治療に関しては、それを周りの人にも求めてしまうね。

クドウ やっぱり装具一つ作るにしても、ちょっとここ浮いてるなとか、たぶん過去にはそういうことに気づいてもそのままにしてしまっていたと思うんですけど、今はここが当たってるとか、これがうまく合ってないと思ったら作り直します。妥協したことによって患者さんの手に影響が出るのであれば、すぐにやり直すっていう意識は常に持ってますね。

イズミン 本当に手って繊細な運動器ですし、見た目も綺麗じゃないとちょっと気分も落ち込んでしまいますから、何かトラブルがあってもきちんと直していきたいと思いますよね。こうして手外科の先生とハンドセラピストの方がタッグを組んで、治療にあたってくださるというのはとても心強いなと思います。
 工藤さん2回にわたりましてどうもありがとうございました。


ゲスト紹介

工藤啓介(くどう・けいすけ)
学生時代よりハンドセラピストを志し、19年のキャリアを歩んできた。2018年、篠原医師らが大同病院に赴任したのを契機に、手外科のエキスパートの元でさらなる研鑽を積みたいと入職。毎日「手」のリハビリを極めることへ、絶賛邁進中。
趣味は野球で、草野球チームに所属してショートを守る。

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