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おすすめコース:実際に歩いてみよう!


共楽館から大煙突ビューポイントへ

出典:国土地理院2.5万分の1地形図

共楽館(現・日立武道館)は、常磐自動車道日立中央IC手前にある、大きな赤い屋根が印象的な建物です。日立鉱山で働く労働者と家族の娯楽施設として歌舞伎座を手本に建てられました。芝居小屋としてだけではなく、映画が上映されたり、相撲の巡業が行われたりと、鉱山で働く人だけでなく、日立市民の憩いの場として賑わっていました。
共楽館を出発点に共楽館周辺の旧鉱山町の雰囲気の残る町並みを歩き、大雄院小学校跡石碑、宮田川沿いのソメイヨシノ並木、鉱山電車軌道跡を巡りながら、大煙突とその周辺のオオシマザクラを眺めます。(大煙突ビューポイントは、「大雄院事務所前」バス停付近です)
大煙突がもっとも大きく眺められるコースです。
共楽館に戻ったら、立派な格天井の広々とした建物内部を見学しましょう。

オオシマザクラを訪ね神峰山へ

出典:国土地理院2.5万分の1地形図

神峰山は、標高598mの低山で、岩場や鎖場などなく、山登りに慣れていない方も楽しみながら登れる山です。
おすすめは、4月中旬、オオシマザクラで山全体が白くなる頃。
向陽台駐車場から20分ほどで登山道の入り口に到着。登り始めの急登を過ぎると、緩やかな登り坂が続きます。登山道はしっかりと整備された歩きやすい土の道です。
尾根筋に出ると視界が開け、阿武隈山地の山並みが見えてきます。
きららの里分岐を過ぎてすぐの急な坂道を登ると、頂上はまもなく。
登り切った瞬間、東にひらけた頂上からは、どこまでも真っ青な太平洋と日立製作所やJX金属の工場群、そして日立の街並みが望め、手前には真っ白に咲くオオシマザクラの群落の中に大煙突が立っています。
日立のまちの象徴である大煙突とさくらの両方が楽しめるコースです。

鉱山電車の線路跡をたどる

鉱山電車は、常磐線助川駅(現・日立駅)から大雄院製錬所に銅鉱石を運ぶために1908年に敷設された電車です。やがて人も乗せるようになり、誰でも無料で利用できましたが、1960年に廃線となりました。
鉱山電車の路線は、現在の新都市広場にあった貯鉱舎から大雄院製錬所までの5・3kmでした。今は線路跡をはっきりと見つけることはできませんが、確かにこの場所を走っていたと想像できる場所は残されています。
日立駅をスタートに、新都市広場からパティオモールを西に進み、けやき通りに面するカフェGENKANの前から右手の路地に進み、まえのうち児童公園わきから6号国道まで続く、細長い駐車場をたどり、市役所の山側を通り、桜塚を見学し、県道36号を西に進み、鉱山電車の終点だったJX金属大雄院事務所前まで歩いてみましょう。
帰りは大雄院事務所前からバスに乗るか、かみね公園まで歩いてバスに乗ります。

本山の鉱山町の跡を訪ねる

かつて本山には、日立鉱山の従業員やその家族など1万人が暮らす賑やかなまちがありました。1981年に日立鉱山が閉山し、かつて鉄筋コンクリートの社宅アパートが立ち並んでいた辺りは、建物の土台を残すだけで、すっかり樹木や草木で覆われています。
日鉱記念館は、閉山後1985年に鉱山跡地に建てられた産業資料館です。本館では、開山から閉山に至るまでの歴史や当時の暮らしの様子、大煙突について学べます。また、鉱山資料館には、大型のコンプレッサーや削岩機など鉱山で使用されていた機材が展示されています。
当時の本山の暮らしの様子を学び、その跡を訪ねてみましょう。
日鉱記念館の前にある旧久原本部、塵外堂、第一竪坑、入口の駐車場わきにある斜坑を眺め、本山小学校や本山中学校、本山劇場の跡を探しながら一本杉まで歩き、移転した赤沢不動尊にお参りして帰ってきます。

文=宗形 憲樹

※図は、田上正敏氏、宗形憲樹氏からご提供いただきました。

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