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飼い主が決める、残された犬の時間

ラルゴに長く生きてもらいたいのではなくて
ラルゴと一緒の時間を愉しみたい。

なので、入院先で延命処置の輸血をしつづけ
命を繋ぐだけの治療では意味がないのだと
やはり思ってしまう。

無理に手術をお願いしたとしても
術後の回復や、貧血症状が緩和する速さと
転移した腫瘍で症状が悪化する速さとでは
どちらが速いのか。

経過によっては、入院が長引くかもしれない。
手術中の万が一だって、ある。 

その可能性を考えると
手術は必ずしも
私が望む結果には繋がらない。

ラルゴにとっても治療で命が延びたとして
見知らぬ人に囲まれて
狭いケージに閉じ込められて
ずっと足に点滴の針を刺されて
少しでも幸せに感じる要素はある?

迷って、迷って
病院へ行く車の中でも迷って。

診察室に入ってラルゴが震え出したのを見て
ようやく決心がつき
手術をキャンセルさせて下さいと
先生に伝える。

ラルゴの最期は、いつもの風景で
迎えてもらいたい。

もし手術をして直ぐに逝くことになったら
痩せた体に残るであろう手術の跡に
自分の選択を悔やんで責めることだろう。

飼い主が味わうであろう精神的負担が
確実に1つ無くなるだけでも
それは大きなメリットだと
私はぼんやり思う。

問題は、この先の対処だった。
1番の問題は、進行する貧血。 
貧血が進んだときには、輸血以外に
酸素吸入をすることもあるという。

その次に、腹水が溜まることで起きる痛み
内臓が圧迫されることによって
排泄が困難になることなど。

いずれにしても、全ての対処が可能な病院は
設備が整った、大きなところしかない。

紹介された救急病院は24時間対応だが
いざという時に向かっても片道1時間では
間に合わない可能性が高い。

もう少し近所にある大きな病院へ行くか
掛かりつけ医に出来る処置を依頼するかの
2択になった。

近所にある大きな病院は、車で片道30分。
今よりも通院時間は半減する。

ただし新たに通院するためには
再度、かかりつけ医に行って依頼し
検査・診察をすることになる。
救急病院では紹介状を出せないものらしい。

今までにした検査結果を全て渡しても
幾つかの再検査は必要になるでしょうと 
先生は説明してくれた。

転院するにしても、問題は通院時間。
いざという時に、急いで駆け込んでも
最低30分がかかる。

脳への酸素が絶たれると
5分で脳細胞が壊れるというのだから
もし酸素吸入が必要な事態になっても
病院まで30分以上掛かるのなら
ほぼ手遅れではないのか。
検査のストレスも、きっと大きい。

このタイミングで、もう1つ
考えていたことを聞いた。

「最期がどんな状態か、予想できますか?
 もし窒息するようにもがき苦しむなら
 むしろ苦しみを軽減させる処置も
 選択肢に考えたいのですが」

例えばモルヒネ投与のようなものだけでなく
安楽死に近いものも考慮すべきかも含め。

そう尋ねると、経験上の話しと断った上で
最期の最期を迎えるときの犬たちが
苦しみもがいて死ぬのを 
今まで見たことがないですねと
先生は慎重に答えてくれた。

「もちろん呼吸は荒くなりますが
 徐々に間隔が狭まって息を引き取るのが
 ほとんどです。
 ラルゴさんは、脳に酸素が行かず
 意識低下になるかもしれません」

ここまでのラルゴは
痛みを訴えるように鳴くことや
呼吸が荒くなることはなかったが
1日の大半をうつらうつらしているので
その可能性が高いのだろう。

そして緊急措置が必要になったときは
恐らく臨終の時だ。

それならば、徒歩圏内にあるかかりつけ医で
できる範囲の処置をしてもらえれば
いいのかもしれない。

私は積極的な治療を全て終わらせ
家で看取ることにする。

すぐに結果も出るから
最後に血液検査をしておくか
そう先生が聞いてくれたのでお願いした。

結果、ヘマトクリット値が12%

ヘマトクリットは血液中における
赤血球の割合を示す数値で
健康な場合の参考数値が37〜55%
通常最低ラインの半分にも満たない。

「ここまで数値が落ちてしまうと
 今日、輸血をして改善しても
 2〜3日持つかという程度です」

手術をするまで、体力維持をさせるなら
輸血は意味があるかもしれません。
そうでなければ、その場凌ぎです。
輸血をしなければ、あと数日だろうとも。

「どうしますか?」

「輸血は、もういいです」

ラルゴの命綱を、私は切った。
僅かばかりの延命措置で
ラルゴの気力や時間を費やすのも嫌で。
はっきり断って、それでも泣けた。

先生は分かりました、と答えてから
僕がラルゴさんの家族だったとしても
手術はやらない選択をしたと思います
そう言ってくださった。

命を延ばす治療の提案をするはずのERで
先生の言葉は、どれだけ有り難かったか。

この先、私は間違いなく
何度も何度も、自分の選択が正しかったか
思い返しては、苦い思いをするに違いない。

それでも、獣医師が私の選択を否定せず
ある意味、お墨付きをくれたことは
気持ちを軽くしてくれるだろうと思えた。

9月11日
この日、救急病院での診察を終了させた。

3日だけだったが、大変お世話になったし
ここでの検査で病気が判明して
最期までの道筋が明確になったのは
何よりの収穫だ。

担当してくださった先生は若い男性。
端的で冷静な説明が分かりやすく
ありがたかった。

診療方針について話すときは
同情的な言葉も、感情的な言葉もなく
選択できることと、その有効性を
淡々と話してくれたので
私は度々、現実逃避をしながらも
冷静であろうと努力することができた。
本当に感謝しかない。

私は、ふと思い付いて
もう会うことはないだろう先生に
ラルゴと写真を撮ってもらえないか
お願いをした。

最後、悲しい会話で終わるのが嫌で
本当に思い付きでしたお願いを
先生はどう思ったか分からないが
苦笑混じりで、了承してくれた。

意外にも大人しく抱っこされたラルゴは
何が起こっているのか分からない風で
キョトンとした顔をして写真におさまり
先生も今までで、1番和らかな表情に見えた。

24時間診察受付するERの勤務は
体力的に過酷だろうと思う。
何人の医師がいるのかは知らないけれど
短いスパンで夜勤は回ってくるはずだ。

救急病院だから、運びこまれてくる中には
既に手遅れだったり、手を尽くしても
望むような結果が得られず亡くなる動物も
少なくないだろう。

獣医師を目指す人は、動物好きで
(少なからず、動物嫌いではないと思う)
手の施しようがない状態の動物が
そのまま病院を後にする姿を見送るのは
きっと辛いはずだ。

遠からず訪れるラルゴの死を
先生もひっそりと悼んでくれるだろう。
勝手に、そう思っている。

そんな思いも込めて
色々とありがとうございました。
私たちは頭を深々と下げ
帰路についた。

この日も、号泣しながらの運転で
曲がる道を通り過ぎてしまったり
左折専用レーンに間違えて入ったりで
いつもより30分以上
帰宅に時間が掛かってしまった。

助手席で旦那に抱っこされているラルゴは
ウトウトと眠ってばかりいて
もう不満の声さえあげない。

余命わずか。
負けが決まっている試合だけれど
負け方というのがある。
試合に負けても、勝負には勝ちたい。

具体的にどうすれば勝てるのかは
さっぱり分からないけれども
そんな気持ちだった。











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