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掛かり付け医に最後の挨拶

もう残された時間は、数日。
神様の奇跡が起きない限り
ラルゴと10月は、迎えられない。

9月11日に手術をキャンセル
全ての検査結果は出ていなかったが
ERでの治療や診察を終了する。

9月12日は、かかりつけ医に挨拶へ行き
検査結果と、ERでの診断を伝え
手術や輸血などの措置を止めて
家で過ごさせることを報告した。

「そうですか、辛かったですね…
 でもラルゴくんには1番いい決定かな」

ラルゴは抱っこ紐から顔を覗かせながら
先生と私の会話をじっと聞いている。

「貧血の進み方が早いから
 脾臓摘出はいいかもしれないけど
 ラルゴくんの臆病な性格だと
 それがストレスで
 ガクンとなりそうだしね」

1日でも長く生きることを最優先にして
あらゆる延命治療を受けさせるのも
飼い主が示す愛情の形だ。

けれど、ラルゴに少しでも接した人なら
10人中10人どころではなく
全人類の共通認識さながらに
この犬は治療のストレスで病むと
間違いなく断言するだろう。

それ程、神経質で臆病な犬。

「だから最後は、自宅で好きにさせて
 食事も好きなものだけをあげます」

生タイプのドッグフードや犬用チュール
鳥のササミやヨーグルトに牛乳
マッシュポテトやお粥なんかも

「今まで、味を占めると困るから
 上げたことのない人の食事も
 欲しがったら上げるつもりです」

口に出来るものがあれば
何でもいいから、食べてもらって
1日でも命を繋いで欲しいのが
正直な気持ちだった。

先生も、それはいいですねと言って
玉ねぎなどの中毒症状を引き起こす
【犬に与えてはいけない物】だけ
気を付けるようにと注意してくれた。

高栄養療法食というのもあって
流動食のようなフードもありますよと
先生から教えられたので
食欲が落ちたときを考えて
試しに1本を買って帰ることにする。

ラルゴが喜んでくれそうなことは
何でも試したい。

そんなことを落ち着いて話していたのに
ふと会話が途切れた拍子に
思考が停止して、ぼたぼた泣きだした。

涙ぐむとか、涙が溢れるというような
上品な泣き方などではなく
嗚咽で言葉が出なくなるような子ども泣き。


夏バテに見えたとき、すぐに連れてきたら
手の施しようがあったかもしれない。

8月の半ば、少し元気がないかなという
そのタイミングで検査を受けていたら…

そう思うと、ただただ悔しくて悲しいと
先生に言って、泣いた。

絡まれた先生も、涙目になりながら、
診察室のティッシュを手渡して
50代のおばさんを労ってくれた。

「ラルゴくん、あのタイミングだから
 最短ルートで病気が分かったんだと
 私は思いますよ」

これは、慰めでも何でもなくて
1ヶ月、2ヶ月前に症状がなかったとしたら
最初の検査で原因特定が出来たか微妙だと
先生は言ってくれた。

だから飼い主なのに
不調に気付いてあげられなかったと
自分を責めることはないですと。

何しろ貧血の進み具合は速かったから
元気がない8月半ばで検査をしても
数値が低いかな程度だったかもしれない。

7歳で若くて元気だったことが
病気に気付かなくさせたけれど
だからこそ、まだ踏ん張れているんですよ。

先生は、さらに続けてくれた。

それと、飼い主さんが迷いながら
家で看取ろうと決めたことはね
ラルゴくんが、そうして欲しいと
飼い主さんに願っていたことなんです。

その気持ちをキャッチしたから
迷いながらも、自宅で看取ろうと
飼い主さんが決められたんだと
私は思います。

どんな選択をしても
本当にこれで良かったのかって
必ず飼い主さんは、後悔したり
悲しんだりするに決まってますからね。

先生自身も見送った犬たちを思い出し
何度も、ああすれば良かったんじゃと
泣きましたと付け加えた。

だからね、飼い主さんは可能な限り
ラルゴくんとの時間をいっぱい作って
最期の瞬間まで、大好きだよって
伝えてあげてください。

お世話になった獣医師のお二方は
対応や説明が、真逆というほど違うけれど
どちらの先生も、私に必要な言葉を
最高のタイミングでくれた。

私は、本当に恵まれている。
結果はともかく、感謝だった。

掛かり付け医の先生にも
これが最後だろうから、ラルゴと一緒に
写真を撮らせて欲しいとお願いした。

「私なんかで良ければ喜んで! 
 ラルゴくん、抱っこさせてくれるかな?」

ラルゴを引き渡すと、意外にも大人しく
されるがままに抱っこをされたラルゴ。

ラルゴがカメラ目線の写真だけでなく
先生に穏やかな視線を向けて
お互いを見ている写真も
スマホにおさめることが出来た。

「私、この先、間違いなく
 ムーミンのスニフを見る度に
 ラルゴくんを思い出しますねぇ」

しみじみとした先生の言葉に吹き出し
私もスニフグッズを買い集めるだろうなと
ラルゴのいなくなった未来を想像した。

その時は、きっと穏やかに
今日の会話を思い出すに違いない。

会計で、いつもの受付嬢から
医療食と、お薬用チュールを
おまけで頂いた。

錠剤を包んで飲ませるためのチュールは
少し固めだけど、食感が違うので
よかったら試してみてね、と
ラルゴに話しかけてくれる。

受付嬢は目を真っ赤にして
ラルゴくんは、会計でお話ししていると
じーっと、こっちを見てくれてと
話しをしてくれた。

「何を話してるのかなーって表情と
 ぴんと立った耳がこっちを向いて
 興味津々ってお顔が、印象的で…」

今日を含めて、通院回数は4回。
それでも皆さんが、ラルゴの様子を
見ていてくれたことを知って
悲しいだけだった気持ちに
温かなものが落とされていく。

もうラルゴと来ることはありませんが
もしまた、新しい犬との縁ができた時は
こちらでお世話になります。

本当にありがとうございました
私は、最後の挨拶を済ませて
対外的にやりたかったことを終えた。

あとはラルゴにしてあげたいことと
ラルゴと一緒にしておきたいことを
片っ端から消化していくのみになる。

まずは病院の帰り道
ラルゴの散歩コースへ足を伸ばし
景色を愉しむことにした。

9月12日 午前11時
犬を抱っこしながら散歩するには暑くて
少し後悔することになる。


























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