ファーストガンダム事件(仮)

人生をアップデートしていかなきゃっていう話。

職場のひとびとと会話していた時のこと。
どういう流れかは忘れてしまったが、ロボットアニメの話題になった。

職場にはアラサーからロスジェネ世代、定年間近のひとまでいろんな年代の人がいるので、当然有象無象のロボットが飛び交う。さながらスーパーロボット大戦である。女のひとでも、男の子を育てたことのあるひとは話題に強い。

そんな中、50代のAさん(仕事一筋、結婚しているがこどもはいない、背すじのピンと伸びた若々しいひとだ)が、「最近のアニメ」の雑談をしているわたしたちをバッサリ切った後、こう言った。

「まぁ、ガンダムの最初のやつしか見たことないんだけど、私。」

誤解のないように言っておくと、Aさんはすばらしいひとだ。
仕事ぶりは迅速で無駄がない。社内で案件を通すべき順番を絶対に間違えないし、性格は温厚篤実。仕事の遅い、わたしのような使えないやつへのフォローも完璧だ。しかも毎日職場にお菓子を持ってきてくれる。家庭と仕事とを両立させている。質素倹約を絵に描いたようなひとだが、前述したとおり若々しい見た目を保っている。

そんな信頼できるひとでも、おそらく思春期のころにみたであろう「ファーストガンダム」しか知らず、自分が摂取していないものに対して喰わず嫌い的な拒否感をもっていることに対して、わたしはひどくショックを受けた。

わたしは今のところ、こどもを産み育てるつもりがない。それで社会的責任云々かんぬん言われるのだったら、そのぶん税金を多く納めて、こどもを育てているひとのフォローにまわる。そのかわり人生のリソースの割き方は自分で決めさせてもらう…それが自分の人生では正義だと思っていた。

今その価値観がガラガラと音を立ててくずれようとしている。

「親になる」ことは感性の一部を捨てることだと思っていた。分別と責任を身につけ、青臭い自分を捨てる。社会と一体化した生活者となるために、自らのアップデートを一旦止める。
悪い言い方をすれば何か敗北のように考えていた部分があった。偏見だった。

違うのだ。「親になる」ことは「こどもの世代から、自分の幼少期とは違った新しい視線で人生を再体験しなおす」ことなのだ。そこには若い世代と関わらないと体験しがたいことがいくらでもあるのだろう。さまざまな出来事に直面するたびに自分を更新していかないと、生活が立ち行かない場面もあるのだろう。

意識しないとアップデートが止まるのは、こどもを産まない(つもりの)わたしの方なのだ。考えてみれば当たり前のことだけど。

こどもが面白がっている作品を見て、自分も面白いと思う。こどもに自分の未知の世界へ連れて行ってもらう。血を分けたこどもに「キュレーター」になってもらうのだ。それだけでこどもを産むことは、控えめに言ってサイコーではないか。

そういえばうちの母もわたしが勧めた米津玄師を聴き込み、あっという間にファンになった。『BANANAFISH』の最終回をみて、翌朝「アッシュともう会えないかと思うと涙が出て夜中飛び起きてしまった」とか言ってた。感性が豊かでうらやましいものである。

一方わたしはといえば仕事の忙しさにかまけて全くアニメを見ていない。人に勧めておいて『BANANAFISH』もしかりである。
もともと神経が異様に高ぶりやすい(アニメを2本見ただけで、夜眠れなくなり、次の日ひどい気鬱に悩まされる)のもあって、新しいことを摂取するのにかなり慎重で「喰わず嫌い」なところがある。

だけど、それではダメなのだ。
常に、新しい文化を摂取する。オタクなのでアニメの例ばかり出してきたが、もちろんそれだけでなく、映画や音楽や、ガジェットなんかもそうだ。
自分が守り、温めてきたものの他に、今流行りのものを積極的に取りこんでいかない限り、新しいアップデートは期待できない。

わたしのなかの『エヴァンゲリオン』や『パシフィック・リム』がAさんにとっての『ファーストガンダム』になる日も近い。
そうなる前に(あるいはもうそうなってしまっているのかもしれないが)貪欲に新たな物語を吸収し、栄養にしていかなくてはならない。

意識的に自分をアップデートする。
そして可能なら、自分が得たものをひとに発信する。
言葉で表明することではじめて、人間は自分の考えていることを自分で正確に知ることができる。ひとから反応を返してもらうことでしか、人間は自分の立ち位置を測れない。ぼっちのわたしでもそれだけは知っている。

わたしは今のところ、こどもを産むつもりはない。
だから、アップデートもキュレーションも、自力で意識的にやっていくしかない。

目の見えない深海魚のように貪欲に口を開けて、明るい海から落ちてきた情報に食らいつく。
ソナー音の反響を注意深く聞くように、自分の位置を確かめる。
それが、文章を書きはじめた理由のひとつでもある。

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