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スキルの生かし方

スキルは大事だとよく言われる。

仕事や転職について語るときに、「スキル」というものは重要性だとよく言われる。
とかく「スキル」がないとこの先やっていけないし、いい所に転職もできないし、独立してもお金を稼ぐことはできない…と。

スキルというのはつまり技術のことだ。

ものを作る。
編集する。
直す。
説明する。教える。解説する。
整理する。

そういう技術をスキルという。

近頃は「リスキリング」という言葉も出てきたくらい、「スキル」というのは重要らしい。


私にはどんな「スキル」があるのかを考えてみる。

日本語を教える。
誰かの話を聞いて、頭の中の整理を手伝う。
少し英語ができる。

というくらいだろうか…

あまりすごくお金がかせげそうな感じはしないが、とにかくスキルだ。

スキルというのは、お金を稼げる、稼げないにかかわらず、誰だっていくつかは持っているものだ。


そのスキルを使ってお金を稼げるかどうかは、他の方の記事を読んでいただくとして、今日はスキルの生かし方について書きたいと思う。


スキルの生かし方

まず大前提として、スキルは生かした方がいい。
スキルというのは生かすために存在しているのだから。

家を作れる人は、家を作った方がいい。
誰かを癒せる人は、癒してあげた方がいい。
いい声で歌える人は、歌った方がいい。
重いものを持ち上げられる人は、持ち上げた方がいい。

スキルを生かすには、誰かのお役に立つことが一番だ。

もちろん、自分のためのスキルというのもある。

自分のために洗濯を上手にするスキル。
自分のためにおいしいパスタを作るスキル。
自分のために仕事の段取りをつけるスキル。
自分のために外国語でコミュニケーションするスキル。

でも、結局のところ、

自分のために洗濯を上手にするスキルを、誰かのために使ったとき。
自分のためにおいしいパスタを作るスキルを、誰かのために使ったとき。
自分のために仕事をの段取りをつけるスキルを、誰かに教えてあげたとき。
自分のために外国語でコミュニケーションするスキルで、誰かを手伝ってあげたとき。

そんなときに、私たちはシンプルに「うれしいな」と思うのだ。

決して、スキルを自分のために使うのは良くないという意味ではないし、
スキルは他人のために使うべきだということでもない。

ただ、結局、誰かの役に立てた時に私たちはうれしいのだ。
シンプルに。


誰かのために、誰かを想って

毎日自分のためにお経を読むのももちろんよい。
でも、少し自分に余裕が出てきたら、誰かのためにお経を読むのも、またよい。
わざわざ「あなたのためにお経をよんでますよ」なんて言う必要はない。
全くない。
ひっそりと、でも確実に、あの人のために、世界中の誰かのために、あるいは世界中の人のために、お経を読むのだ。

結局私たちは、誰かのお役にたてたときに嬉しい気持ちになるのだ。

もちろん、ある程度自分に余裕がなければ、他人のことは考えられない。
だから、まずは自分。
そして、余裕が出てきたら、誰か。

スキルはそういうふうに生かしていきたい。
誰かのために、自分が持っているスキルを誰かのために、そういう気持ちになれたらいい。


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