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CBC②「親の介護かハワイでのキャリアか」

昨日の記事で紹介したように、コーチングのアプローチがほぼそのままカウンセリング(苦しい状態にいる人のサポート)になることもあります。

実際、ソリューション・フォーカスト・アプローチ(SFA)などコーチングに近いやり方をする心理療法もあります。その開発者らの主張だと、クライアントと「望む未来」についての会話をしたときに、肯定的な変化が持続しやすいとのことです。

ただし、工夫は必要ですね。Tさんのお母さんにいきなり「本当はどうなることを望んでますか?」と問いかけても「お母さんを車に乗せてジャスコにいきたい」のように答えることはなかったと思います。未来を語るような気分でもなかったと思いますし、何もイメージが出てこなかったと思います。

まず、信頼関係をつくりながら、気になっていること、誰かに聴いてもらいたかったけどそれが叶わなかったこと、などをしっかりと聴いていくことが大切なのではないでしょうか。

アドラー心理学では「相手の関心に関心を寄せる」ことが重要と言われていますが、まさにその通りだと思います。相手が「そのとき関心を寄せていること」に意識を向けて話を聴いていく。そこからタイミングを捉えて「それが本当はどうなったらいいの?」などと未来に展開していくのです。

またその際にはゴールを高いものにしすぎないこと。低すぎてすぐに達成できるようなゴールでちょうどいいのです。達成できたから次に行ってみよう!ということを繰り返すのです。雪だるまを転がしながら大きくしていくように、小さな目標の達成を繰り返して、気がついたときには大きく変化をしていた!が良いのです。

つぎに昨日の記事にも書きましたが、相手の悩みや困りごとを一通りきいた上で、扱いやすそうな問題から扱っていくというのも大切な観点です。

入学試験のペーパーテストなど思い出してみてください。律儀に問1から回答していってもいいですが、まずは全体にざっと目を通して、解きやすそうな問題から回答していってもいいのです。

問1が難しい問題だった場合など、そこで時間が取られすぎると、他で取れたはずの点数が取れなくなってしまいます。人生もまさにそれで、目の前の問題に格闘したくなりますが、そこに時間をかける代わりに、解きやすそうな問題からアプローチしたほうが良い場合も多いはずです。

特に人生では満点を取るのは難しい。だから全て解くのを手放して、まずは解きやすい問題を解く。そうして自己効力感を向上させた上で、解けると人生の質が上がるような問題に順次アタックして行ったほうがよいと思います。

そして人生の諸問題は相互に関連している場合もあります。だから一つの問題が解けた場合、別の問題にも良い意味で影響することもあります。

Tさんのお母さんのケースでは、まずは失禁対策運動から始めて、手応えを感じたお母さんは、デイケアでのリハビリに通い始めました。そのことによりおばあちゃんとお母さんの関係も変化し、お互いに余裕が生まれ始めした。そのことがお母さんの気持ちをさらに前向きにしていったわけです。

そして次の工夫、それは外部リソースの活用です。相手の自己効力感が低かったり意欲が低かったりする場合には、特に重要です。クライアントが自分でできることを探そうとするだけでは難しいことが多いのです。

前の事例では、これまで活躍の場がなかった息子さん(Tさん)を巻き込むこと、病院に行ってもらったことも外部リソースの活用です。僕自身もリハビリの先生を巻き込んで助けてもらいました。ご家族はそれらに手応えを感じたので、デイケア施設の活用など、さらに外部リソースの活用を進めました。

コーチ(カウンセラー)も抱えこみすぎず「クライアントが多くの点で支えてもらいながら自立していくこと」を目指したらよいのではと思います。クライアントがより良い人生を生きていくのに必要なのはコーチ(カウンセラー)だけではないはずです。いろいろな社会的資源(リソース)と結びつくのをサポートしていきましょう。

というわけで、いくつかの工夫は必要ですが、それがクリアされたら、コーチングアプローチ(=望む未来から考える)は本当にすばらしいと思います。クライアントが望む未来が明らかになり、そこに向かって自ら動けるようになるわけですから。

では別のケースも紹介しましょう。拙著『人生を変える!コーチング脳のつくり方』でも取り上げた事例です。(P272〜)

Yさんはハワイ在住の女性。日本に住んでいるお母さんが病気で倒れて緊急帰国しました。

18歳で日本を出てからハワイで暮らしていたYさんは、現地で結婚し子どもが大学進学したタイミング。親戚からは「これまで散々やりたいことやってきたんだから、そろそろ日本に帰って親孝行しろ」と言われ、病院ではお母さんも、やつれて寂しそうな顔をしていたそうです。

「確かにそうかもしれない。だけど」とYさんは言います。

「ハワイで夫と別れてから女手一つで子育てしてきた。子どもを育てるために何でもやってきた。そしてやっと今、仕事でやりがいのあるポジションを得ている。実家に戻ったところで、近所に仕事はない。スーパーでレジ打ちをするくらいしか出来なそう。そうして母を看取ってからハワイに戻っても、もう仕事はない。そうなったら私の人生って何なのだろう」

仕事のこともあり、とりあえずハワイに戻るけれど、この先どうしたらいいのか分からずに悩んでいるとYさんは言いました。

なかなかに難しいケースですね。だからこそ僕はスパッと問いかけました

「変なことを聞きますけど、お母さんのことが何の心配もなかったとしたら、あなたはどんな未来を生きたいですか?」

僕たちはこのアプローチを「自分軸から始める」と呼んでいます。母のこと、親戚のことなど「他人軸」から考えるのではなくて「自分の人生をどういきたいか?」を最初に押さえてしまいたいのです。

ベストセラー『嫌われる勇気』が教えてくれているのもこれです。嫌われたり批判されたりするのを恐れることをやめて、まずは自分の生きたい人生を生きる。その上で、他者との協力や貢献をするのが良いのだ、と。

どんな人生を生きたいか。。。しばらく考えた後、Yさんは語り始めました。

「職場ではみんなが楽しそうに仕事をしている。私も結果を出しているけど、みんなも結果を出しているし、フォローしてくれたりもしている」

僕たちコーチは、話を聴きながらクライアントの「価値観」を知ろうとアンテナを立てています。

価値=大切もの
観=見方、考え方

だから価値観とは「何が大切かについての指針」です。人生において何が大切かは、個人個人によって違います。僕たちは「クライアントの人生の指針=価値観」をまず押さえたいのです。

Yさんの話は続きます。
「あと、息子が(アメリカ本土から)帰ってきます。研究者になった息子が休みになると会いにきてくれて一緒の時間を過ごします」

仕事の話よりも、息子さんの話のほうが明らかにエネルギー高く語られていました。なので僕は問いかけました。

「では、想像してみてください。そのとき。。。息子さんと、例えば、どんな会話ができていたら、Yさんは最高に幸せなんでしょうか。。。」

想像しながらYさんが話します

「息子が言います。いまの研究が楽しい。とてもチャレンジングだと。素晴らしい人がいっぱいいると。お互い刺激しあえて嬉しいと」

それを聴いて僕は思いました。Yさんもチャレンジングな人生を生きてきた。そして素晴らしい人たちに出会った。息子さんが語るこれらのことは、Yさんの人生にとっても大切なことかもしれない、と

だからもう少し深掘りするために、さらに問いかけました。

「息子さんが何て言っているのをきいたときに、あなたはもっとも嬉しく思うのでしょうか」

「嬉しく」のところは感情を込めて強調して表現しました。コーチが感情を乗せることで、クライアントも感情にアクセスし始めます。

英語で話してもいいですか?と彼女は言いました。その方がリアリティを感じるのでしょう。。。

そして話しながら彼女は気づきました

「あー。。。『お母さんが1番のライバルだ!』と息子がいいます」

彼女の声がうわずっています。内側から感情が突き上げているようです。

「感情は私たちに人生とは何かを教えてくれる」という言葉があります。感情は私たちに「どう生きたいのか?」「何が人生の幸せなのか?」を教えてくれるのです。

だからクライアントには感情につながったまま話をつづけてもらいたい。
僕は「どういうこと?」とききました。

Yさん「僕がチャレンジできるのは、お母さんが一番のチャレンジャーだからだ。僕もお母さんのようなチャレンジャーでありたい。。。。と」

はちきれんばかりの笑顔。そしてYさんはとても誇らしそうでした。これが彼女が生きてきた人生。これから生きていきたい人生でした。

ここでYさんと僕は、指針を得たわけです。チャレンジャーであること。素晴らしい人との出会いの中で成長すること。お互いを勇気付け合うこと。それがYさんが自分らしい人生を生きるための指針です。

そしてこの後のセッションはこんな風に展開していきました。

僕は少し離れたところに椅子を一つおいて、こう言いました。「この椅子にお母さんが座っているとしましょう。どんな表情をして座っていそうですか?」

Yさん「寂しそうにボーッとしています」
僕「ではお母さんの代わりに、そこに座って寂しそうな表情をしてみてくれますか?どんな気持ちだろうね。。。」

フリッツ・パールズ(ゲシュタルト療法)が開発し、NLPにも取り入れられたポジションチェンジという技法の応用です。

自分の椅子と相手の椅子(この場合はお母さん)を置いて、自分の椅子からお母さんに話しかけたり、お母さんの椅子から自分に話しかけたりします。そうやって、お互いの気持ちに気づいたり、これからどうコミュニケーションをとったらいいかのヒントを得たりするのです。

Yさんはお母さんの椅子に座って、お母さんの気持ちを感じてくれています。
「お母さんになったつもりで答えてね」といってから僕は問いかけました。

僕「お母さん。お嬢さんが18歳でハワイに行くと言ったとき、こんなに長い間頑張ると思いましたか?」

母(Yさん)「。。。いいえ。大変ですぐ帰ってくると思いました。でも言い出したらきかない子だから」

僕「ねぇ。お母さん。お嬢さんがハワイにいって寂しかったと思うけど、良かったこともあったとしたら何ですか?」

どうして僕はこの質問をしたかったのか。それはYさんに『バランス』を取り戻して欲しかったからです。Yさんはお母さんに寂しい思いをさせてしまったと思っている。それはそうかも知れないけど、実は良かったこともあったのではないか。そのことも思い出してもらって、バランスを取り戻してほしい。その上で今後にむけて決断をして欲しい。そうでないと、お母さんに寂しい思いをさせた罪滅ぼしをしなきゃ、みたいな決断になりかねない。

母(Yさん)「ハワイにたずねて行った時も楽しかったし、逆に向こうから友達を連れて観光に来てくれたときも嬉しかった。孫も可愛いし、よく出来た子だし。。。」

お母さんにとっても良いことはあったようです。それが確認できた段階で僕たちは確信部分に入っていきます。

僕「ねぇお母さん。お嬢さんは今悩んでいます。ずっと離れていたから。こんな状態でお母さんに寂しい思いをさせたくない。けれど同時に、仕事のチャンスを生かして息子のチャレンジを応援し、彼の刺激でもあり続けたい。ねぇお母さん。お嬢さんに本当は何て伝えたいですか?」

長い沈黙。。。彼女はその内側深い部分とゆっくり対話をしています。そして

母(Yさん)「帰ってこなくていい。帰ってこなくていいよ。お前の人生だから。私はまだ大丈夫。やりたいことをやりなさい。そうやってきたんだし、それで良かったんだよ。私も幸せなこといっぱいあったから。それでいいんだよ」

話しながらYさんは泣いていました。僕も泣いていました。

少し落ち着いてから、彼女に問いかけました。「いまの言葉、お母さんの言葉としてリアルな感じがしますか?」彼女の答えは「はい」でした。

僕は彼女に立ち上がって、離れたところからお母さんの椅子をみるように促しました。そして

僕「では、こんどはあなたの番ですね。ああ言ってくれるお母さんに対して、あなたは何と伝えたいですか?」

と、まっすぐに問いかけました。

数十秒の沈黙の後、Yさんは答えました。迷いのない声でした。

Yさん「私は帰るけど、帰りません」

このときはまだ意味が分かりませんでした。だから僕は「え?どういうこと?」ときくしかありませんでした。

Yさん「ハワイで仕事を続け、日本に帰ってくることはありません。でも母が病気であろうがなかろうが、これまでよりももっと定期的に日本に帰ります。母との時間を過ごしたいから。それが私の答えです」

感動しました。これが「チャレンジャー」として「つながり」と「成長」を大切に生きる彼女の答えだったのです。

彼女が自信をもってこの答えを口に出来たのは、未来の自分から人生の指針を学んだことが大きかったと思います。コーチングアプローチならではの結果と言えるのではないでしょうか。

・自分が大切にしたいことを知る
・相手の気持ちに気がつく
・すこし大きな視点から自分たちを見てみる(俯瞰)

こういった支援を少し受けるだけで、人は困難の中でも、自らの人生を切り開いていくことができるのです。セッション時間は25分程度だったはずです。

「脱同一化」という言葉があります。問題のなかにはまり込んでいる状態を「同一化」と呼び、そこから離れて自由になることを「脱同一化」と呼んでいます。

わたしたちは他人の悩み事だと色々とアドバイスできたりしますね。これまでにさまざまな人生経験をしているのだから、さまざまな困難に対しても、いろんなアイディアを出せるだけのリソースを持っているのです。

ところがいざ当事者として問題の中にはまりこんでしまうと(同一化)、それらのリソースを使うことができなくなってしまいます。そして問題が過ぎ去ったら「なんであのときあんなにハマってたんだろう。◯◯すれば良かっただけなのに」などと思うのです。これが同一化の罠です。

だから、私たち対人援助者は極論、クライアントに脱同一化さえしてもらえば良いのです。問題にはまり込んでいる状況から脱してもらうことを手伝いさえすれば、あとはクライアント自身が持っている能力で勝手に解決への道筋を動いていくことができるのです。

問題から抜け出して(脱同一化)どこに自分の身をおいたら良いのか?

その答えが「理想の未来を生きる自分」なのだと思います。

問題状況の中から離れて、「理想の未来を生きる自分」に身を置いてみること。そのことによって、人生のさまざまな経験を生かしながら、理想の状態に向かっていくためのヒントが見つかっていくのです。

Yさんのケースは、僕にそのことを強く教えてくれるものでした。

そんなわけで、カウンセラーの方たちにもコーチングの良い部分を生かしてもらいたいと思いますし、コーチの皆様も少しだけ工夫をすればカウンセリングが必要なクライアントにコーチングでも貢献できることがあるのを知ってもらいたいと思います。

続く
















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