CBC㉗「お父さんのことは娘に言えない」
ラストケース◆「残されたことはあと2つだけ」
※このケースはレイプの話題が出てきます。描写はありませんが、苦手な方はご遠慮ください。他のケースでもカウンセリングは学べます
「またあんな風にパニックになったらどうしよう。。。。」
いかにも出来そう!という印象の女性が顔を歪めている。
その表情と息遣いから、彼女のひどい混乱が伝わってきます。
でも、この時まだ、スーパービジョンは始まったばかりだった。
(スーパービジョンはコーチへのトレーニングの1つ。僕の目の前でコーチングをしてもらい、フィードバックを受けるわけです)
コーチが連れてきたクライアント。スーパービジョンは最初は和やかな雰囲気で始まりました。
コーチ「ではよろしくお願いします」
クライアント「おねがいします」
コーチ「早速ですけど、今日は何について話しましょうか」
クライアント「娘とのことなんですけど。。。ちょっと悩んでいることがあって。。。」
コーチ「どう言ったことでしょうか」
クライアント「どこから話したらいいのかな。。。。」
この辺りから急速に雲行きが怪しくなりました。飛行機が飛びたってすぐに乱気流に突っ込んだみたいに
コーチ「。。。。」
クライアント「。。。娘の父は誰だか分からなくて。。。わたし。。。。18で出来た子どもなんですけど。。。。わたし。。。。レイプされて。。。」
彼女の身体が固まっています。セッションルームに重い緊迫感が広がっています。
コーチの表情のこわばりから、その内側では思考が空転しているのを感じます。
僕は思っています。クライアントの話は『良い意味で』他人事です。
『他人事』だから巻き込まれずに聴けるし、別角度から考えることを手伝えるのです。
共感的に寄り添えるけど、巻き込まれずに、解決への道を一緒に歩けるコーチでいられるのは『他人事』だからです
クライアントにとっても、それで良いのです。『他人事』なはずなのに、暖かく、熱心に、冷静に関わってくれるコーチ。素晴らしいと僕は思います。
とは言え、僕の目の前のコーチには、そんな余裕はありませんでした。
突然の話題。そして自分の対応を、先生である僕に見られているわけです
コーチは固まっています
クライアント「。。。娘が8歳のとき。。。突然。。『わたしのお父さんってどこにいるの?』って。。。わたし。。。(泣)。。パニックになってしまって。。。」
コーチ「。。。。。。」
クライアントは震えています。
僕は声をかけました。
「それでどうしたんですか?」
クライアント「本当にパニックで。。。。『いまは言えない。。。もしあなたが18になったとき。。まだ知りたいと思ったら教えるから。。。。』そう言ってしまいました。。。。」
僕「なるほど。それで。。。。」
クライアント「娘が18になります。あの時のことは忘れていて、もうきいてこないかもしれない。。。でももしきいてきたら。。。」
僕「。。。。。。。」
僕は穏やかに彼女を見つめていました。
クライアント「またあんな風にパニックになったらどうしよう。。。。」
なるほど。。。。そういうことなんですね。と心な中で僕は思います。
ここまで一緒に階段を登ってきて、最初の踊り場に出た感じです。
この感じがあるまでは、どんな話題であれ、淡々と聴いていて良いのです。コーチは頑張る必要はない
僕「ここまで話してみて、いまどんな気持ちですか?」
クライアント「。。ごめんなさい」
僕「あら、どうして?」
クライアント「。。。。コーチのこと困らせちゃって。。。。」
僕はコーチを見ます。居た堪れない表情
僕はコーチに問いかけます
僕「どうしましょうか。ここまでで、どんな話なのかは分かりましたが」
コーチ「。。。。だいじゅさん。。。。本当にすみませんが。。。かわってもらえますか」
消え入るような声でした。
この状態ではやり難いよね。。。僕がやって見せて、あとで彼とポイントを整理することにしよう。。そう決めました
僕「分かりました。では、ここからは僕がお話を伺いましょうか。それで良いですか?」
クライアントに確認します
クライアント「。。。。良いんですか」
僕「はい。もちろんですよ!」
クライアント「では。。。。おねがいします」
僕「では最初に。。。僕らコーチに対して、ごめんなさいと思ってもらう必要はありませんよ。。僕たちが困った顔をしていても、それは、どうやって進めていこうか真剣に考えているだけですから。。えらい真面目なコーチだな、って思っておけば良いんです(笑)」
少しだけ彼女の表情がほぐれます
僕「どうだろう。。。提案なのですが、まずは話したいこと話してみませんか?これまで、人に話せなかったこと、いろいろあるんじゃないですか?」
クライアント「。。。はい。。。。。でも。。」
僕「なに?」
クライアント「。。どこから話したらいいのか。。。」
僕「話しやすいところからでいいんですよ。。。。もしくは18歳の時から順々にでも。。。」
クライアントは少し落ち着いてきています。良かった。。
淡々と話せるところは淡々と。しっかりと内面と向き合った方が良いところはしっかりと。。。
ドライブみたいに。リラックスして淡々と走れるところはそうする。危ない道はおちつきてゆっくりと。たまには車を止めて、景色をしっかりみたり、周囲を散策してみたり。。。疲れたら途中でご飯を食べたり。間に合わなそうなら安全な範囲でスピードアップ。
僕はクライアントがそうやって話せるように関わりたいのです
クライアントは話し始めました。
・妊娠を知って、中絶したかったこと。でも母が宗教上の理由で反対したこと
・結論の出ないまま中絶可能な時期が過ぎてしまったこと
・本当は行きたい大学があったこと。その夢を諦めないといけないのが、とてもとても辛かったこと
・母との折り合いが悪くなり、親戚の家に世話になったこと。そこで出産したこと
・出産後すぐに働き始めたこと。ガムシャラに働いたこと
・同級生が楽しそうに学生生活をしているのを見て悲しかったこと
・子どもを愛しているのかどうか分からなかったこと。可愛いとも思うけど、愛せているという実感がなく、それが怖かったこと。悲しかったこと。産めと言った母親のことを恨んだこと
・毎日遅くまで仕事をせねばならず、子どもに悪いと思ったこと。でも仕事をしていることで救われたかもしれないこと
・信頼していた先輩女性にシングルマザーだと知られた途端、そういうダラシない生き方をしている人間は信頼できないと言われて絶望したこと
・そしてまた。。。子どもを愛せているのか自信が全く持てずに苦しかった話。だからこそ、できることはやり、とにかく大学まではちゃんと行かせてあげようと頑張ってきたこと
・娘に対して父親の話をしても良いかもしれないけど、それは自分が楽になるだけで、娘は自分は望まれて生まれたのではないと思うのではないか。それなら、このことは自分が墓場までもって行くべきだと思うこと
彼女の表情や話し方の中に、一通り話し切った感覚を感じました。僕たちは、二つ目の踊り場に到着したわけです。
僕は感動していました。人というのは、こんなにも懸命に生きることが出来るものなのか。彼女に深い敬意を感じていました
時計を見ると残り時間15分。
さて。やれることはやっておきたい。ここからトップギアでいきます
僕「一通り話せたみたいですね。。。残り時間も少なくなってきたので、ちょっと、僕がやりたいことに付き合ってもらっていいですか?」
クライアント「なんですか?」
僕「考えてみて欲しいのです。。。。いいですか?」
クライアント「??」
僕「すべての問題は終わりました!」
ソリューションフォーカストアプローチで行きます。僕がコーチと名乗っているのは、未来思考の素晴らしさを信じているからです。
クライアント「?どういうことですか?」
僕「少し先の未来のことですけど。。お嬢さんはなぜだか、お父さんのことはもう気にしていません。あなたが話したのか、そもそも気にしていなかったのか。。。。。。すでにお嬢さんは大学も出て、就職して、なんなら結婚したりしてるかも知れません。。。。」
クライアント「あぁ。。」
僕「その時あなたはどこにいて、何をしてるんだろう??何をしていたら幸せな人生だと言えるんだろう?」
クライアント「そういうことか。。。。」
彼女は考えています。
しばらくの間、彼女と一緒に呼吸をしています。彼女の中に考えが浮かび、そして彼女がそれを捨てようとするのが伝わってきます。
僕「何をしたいのかな。。教えて」
クライアント「。。。。。。いやぁ」
僕「あるでしょ(笑)」
クライアント「いや、でも、これは。。。」
僕「なに?」
クライアント「昔の。。。。」
僕「ねぇ。それをきかせてほしい!」
それは留学したいという夢でした。18歳の時に行きたかったアメリカの大学に!!
僕の胸がいっぱいになります。
でも、と彼女は言います
クライアント「でも。。。もう歳だから。。。」
僕「ねぇ。18歳の時の自分を連れて行きましょうよ」
クライアント「え?」
僕「18歳のあなたを連れて、留学に行くイメージをしましょう」
これは18歳の自分の夢なのです。その思いを遂げてほしい。そしてあの時に止まった物語を、未来で再開させてみてほしいのです。
僕の思いが伝わったのか、彼女はそっと目を瞑りました。
僕「幸せな呼吸をしながら。。。。。イメージしますよ。。。アメリカでね。。。あこがれの大学の教室にいます。。。。どんな部屋だろう。。なんかグループワークをしているのかな。。。あなたがいて、そしてあなたの隣には18歳のあなた。。。あとはクラスメイトの男の子と女の子。。。。」
彼女はリラックスしながら想像しています
僕「受けたかった授業。。何をしているかな。。。例えばでいいから想像してみて。。。隣にいる18歳の自分がどんな風に喜んでいるのか??」
彼女は微笑んでいます。
僕「ちゃんとたどり着いた。。。人とは違うルートだけど。。。やりたかったことをやれている。。。。いいね。。。。さぁ。。。では、こんどは。。目の前の男子学生の気持ちになって、日本から来た女性を見てみるよ。。。。高校を出て仕事をしながら、子育てをして、それを終えた女性。。。。そんな女性が。。夢を忘れずに、アメリカまで来て、熱心に学んでいます。。。こういう人がクラスメイトにいるのは、あなたにとってどんな意味がありますか?」
クライアント(男子学生)「。。。。刺激になります。。尊敬する。。真剣に学んでいるし、視点が違う。。かな。。。」
僕「いーね。。。。では、今度は娘さんの気持ちになってみます。。。。お嬢さんは、おかあさんのことをどこからみてるかな。。。想像して。。。さぁ。。お嬢さん。。あなたの周りには、誰がいるかな。。。。。あなたは何をしてるかな。。。。。。では。。。。おかあさんを見て。。。。アメリカで楽しそうに。。。真剣に学んでいる。。。その様子。。。。。お母さんの、この先の人生が。。。。ここから生まれてくる。。。。。。。ねぇ。。お母さんになんて言ってあげたい?」
クライアント(娘)「。。。。。お母さん!!私ずっと言ってたでしょ。。。お母さんまだ若いんだから、やりたいことやりなよって!!」
僕「いいね!!!さぁお母さん、ああ言っている娘に、あなたはなんて言いたい?」
クライアント「。。。あんた育てるの大変だったんだから。。。今度はあんたがお小遣いちょうだいね(笑)」
素晴らしい。クライアントは完全に未来の世界に浸ってくれています。。。。18歳の彼女も幸せだろうな。。。
ここまでで、彼女の『今更留学することへの懸念=生きたい人生を今から生きることに関する懸念』は無くなったはずです。
残るは①パニック問題と②彼女の実母との関係です。
時計を見ると、残り時間は2−3分。
僕の無意識があるアイディアを提示してくれました。ちょっと強引だけど、これで行ってみよう。そう決意しました。
僕「いいですね。。。。最後に一つ質問をしたいんですけど」
クライアント「。。。はい」
僕「この未来。。。。このすばらしい未来が実現するまでに、やらなくては行けないことが100あるとして、現在のあなたに残っている課題は、あといくつだと思いますか」
クライアント「。。。。。。。。」
僕「わからない?」
クライアント「はい。。。」
僕「僕の考えではね。残りはあと2つだよ」
クライアント「え。。。」
僕「1つはお嬢さんを大学に行かせること。。。。行かせてあげるんでしょ?」
クライアント「はい。。。」
僕「そうしたら、あと残りは1つだけ。。僕が今から言うことを、あなたからお嬢さんに伝えるだけです。。。。お嬢さんにきかれた時でもいい。もしくはあなたが、今だ!と思った時でもいい。。。。いいかな。。。」
あなたも気づいているかもしれないけど。。。あなたのお父さんは誰だかわからないんだ。。。私は18歳のときレイプされた。。。そのときに出来たのがあなたなの。。。私は出産しようかどうかで悩んだ。。。だけど「絶対に産みなさい」と言ってくれたのがあなたのおばあちゃんだよ。。。私は母に感謝してる。。。おかげで、こんなに可愛いあなた、立派に育ってくれたあなたがいる。。。お父さんがいなくて。。寂しい思いとか辛い思いをさせたこともあるかも知れないけど。。。私は私なりに精一杯あなたのことを育てたよ。。。。ここまで一緒に生きてきてくれて。。。ありがとう。。。
彼女は泣いています。僕も泣いています。
彼女は気づいたのです。何が自分たち家族の真実だったのか。
彼女はベストを尽くして生きてきた。娘さんはちゃんとそれを理解してくれている。お母さんは今となっては敵じゃない。娘さんがいるのは、お母さんのおかげ。。。
アドラー心理学が言う共同体感覚がここにありました。。。。
このことに気づいて、彼女が言葉にすることさえできるなら
そもそも何も問題はなかったとも言えるのです。
あると思っていた問題が消えた瞬間
そして、この気づきによって、彼女の中で、タイムラインは勝手に書き換えられていくのです。。。生きる勇気に満ちた物語へと。。。
このセッションから数日後、彼女が教えてくれました。。。
ふと思いついて、昔の写真を入れておいた箱を開けてみたら、こんな写真が見つかりました、と。
それは、若いお母さんが、可愛い女の子を、満面の笑顔で抱いている写真でした
輝いて輝いてはち切れそうな笑顔でした。。。
あなたはいっぱい愛していた。。。そのことを忘れるくらい大変なことがあったのも事実だろうけれど。。。それでも、あなたは。。。。娘をいっぱい愛して、愛して生きてきたんだね。。。
続く
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