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生きづらくない人 無料版

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生きづらくない人| 第1回 |理解しえないことを肯定すること

 横浜にある家系ラーメン店。時代は八○年代だろうか。行列が出来ている。店主は五○代のおじさん。パンチパーマにねじり鉢巻。お店には行列が出来ている。ラーメン屋のおじさんは、店員さんがミスをすると蹴る。取材に来たアナウンサーにも怒鳴る。奥さんにも、子どもにもガミガミする。ぼくはネットでその映像を見ていた。  おじさんのあまりに大柄な態度に、胸くそが悪くなる。動画を消そうと思ったら、おじさんのインタビューが始まる。おじさんの背後にそびえたつ、一等地に三階建のビル。インタビュアーは「

生きづらくない人 第2回|伊藤浩|年をとればとるほど気楽になる

   人間の常識ってコロコロ変わる。合わせてると心底疲れる。常識は外側からやってくるものだ。常識に擬態して他者を攻撃する道具にするか。集団から外れないために取りいれるのか。  コロナでも常識や社会の雰囲気は何度か変わった。最初は「やっぱり騒ぎすぎだし、経済の方が大事でしょ?」というムードだった。志村けんさんが亡くなったあたりで、社会のムードは激変した。世の中は一気にステイホーム。いまこの記事を書いている6月2日。緊急事態宣言は解除されて、お店や映画館なども再開し始めた。今はコ

生きづらくない人 第3回|宮原翔太郎|いまある当たり前とは別のことをしたいです

  宮原翔太郎くんはもともとパーリー建築という集団の中心人物だった。 「建築って簡単だと思ったんですよ。大工さんのもとで修行とかなると、それはそれは大変だし、難しいこともあるんでしょうね。だた、トンカチで釘を叩くのは、誰でも出来るじゃないですか。そのちょっとずつの行為の積み重ねで、建物って立つんですよ。大学を卒業してパーリー建築を始めた頃は、これを生業にしたいとか全然なくて、ただ簡単なやり方を一つ示したかったんですよね」  パーリー建築とは、その名の通り、パーティーをしな

生きづらくない人| 第4回 |夫婦は向き合わないこと

 ぼくたち夫婦は仲が良い。自慢したいくらいだ。うふふ。でも、ものすごーく険悪な時期もあった。これからだって、油断していたら泥沼にはまってしまうこともあるかも知れない。だからいま、何故仲良くいれるのようになったかを、健忘録的にまとめて書きたい気分になった。今回の『生きづらくない人』は番外編。ぼくたち「生きづらくない夫婦」について書きたいと思う。  本居宣長さんは、『古事記』に現れた神話をそのまま忠実に読んでみて、古人がどういうふうな神様の信じ方をしたか、だんだんと明瞭にしてい

生きづらくない人 第5回|松葉有香|人生の運動を流れるままに感じる

 有香ちゃんにインタビューしたあと。ぼくの奥さんミワコちゃんの畑に、彼女と一緒に行った。そのあと、うちの犬2匹とゆもちゃんと、有香ちゃんとで海に散歩に行った。  ごつごつした石がたたずむ、でこぼこした夕暮れの浜。人間はぎこちなく歩くけど、犬たちは米粒くらいの姿に見える場所まで一瞬で走る。犬のエマとワタは、はしゃいで水と砂にまみれていた。  晩御飯をうちで、有香ちゃんと一緒に食べることに。帰ると泥まみれのエマとワタをお風呂場でミワコちゃんが洗った。家の床は外みたいに砂まみれ。

生きづらくない人 第6回|遊亀山真照|この身体は、泡のようなものであり、永く存続することはない

 文殊は言いました。 「私の考えでは、すべての存在や現象において、言葉も思考も認識も問いも答えも、すべてから離れること、それが不二の法門に入ることだと思います」  そして、文殊菩薩は維摩居士に尋ねました。 「私たちはそれぞれ自分の考えを述べました。あなたの番ですよ。維摩さん、あなたの不二の法門へはどのようにして入るとお考えでしょうか?」  ところが……。  維摩はただ黙ったままでひと言も発しませんでした。それを見た文殊菩薩は感嘆して言いました。 「すばらしい! ひと文字もひと

生きづらくない人 第7回 |ai|体のなかに生まれた愛を、表現(アウトプット)すること

 aiちゃんは尾道から20キロほど自転車にのってぼくのアトリエまでやってきた。真夏の瀬戸内海を渡って。 「いやー朝は曇ってたから余裕だと思ったけど、日がガンガンさして疲れたけど、景色は綺麗だし、体を動かして汗かいたし楽しかった!」  うすい緑色のノースリーブから、こんがり焼けた肌。脇には毛が自然に生えている。大きな丸いサングラス。ノーメイクで頬のあたりが、まさに今日焼けたのか、赤らんでいた。そのオレンジがかった優しい赤は、まるで天然のファンデーションのように、彼女の笑顔の自由

生きづらくない人 第8回|長光祥子|真の仕事は完成することがない

 長光祥子さんは島の猟師さんたちと一緒に狩猟をしている。ぼくは彼女の話を聞いていると宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を読んだときの風景が体のなかで流れていた。  なめとこ山には熊がいる。熊の肝は薬効があると街で知られていた。猟師の小十郎は熊を狩るのが仕事。小十郎は山を知りつくし自在に駆けまわることができた。なめとこ山の熊たちは小十郎が好きなのだ。熊たちは、小十郎がぼちゃぼちゃ谷をこいだり、谷の岸のあざみが生えているところを通るときは、だまって高いところから見送ってるのだ。小十郎

生きづらくない人 第9回 |モリテツヤ インタビュー| 本屋と畑と難しい権力|前編

 フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、生権力という概念を人間に投げかけた。生権力は従来の権力とは違う。権力とは「命令に背く者は殺す」もしくは「共同体から追放する」という極端な暴力や排除を孕んだものだ。
フーコーの生権力は軍隊や、監獄の中で生まれた規律のことを指す。その規律は学校へと引き継がれた。先生が生徒に、体育館で三角座りをさせる。あんなに座りにくい体勢を生徒に強いる。ある規律をつくりだすために。生徒たちは先生がいなくても勝手に誰からともなく三角座りを始める。規律だけが一

生きづらくない人 第9回 |モリテツヤ インタビュー| 本屋と畑と難しい権力|後編

 ぼくは新しい汽水空港に遊びに行った。モリくんは「スタバを目指しました!」と言っていたが、完全にスタバよりもカッコよい内装だ。しかも広々として気持ちいい。以前の汽水空港の荒削りで衝動的な内装もよかったけど、この洗練された感じに痺れた。 「以前は入ってきた瞬間に帰っちゃう人もいて、アングラ感を薄めた内観にしたかった。入るのに勇気の必要な外観や内装を変えてみた」  固まる前のコンクリートの近くに餌を置いて、猫の足跡を床につけようとしたり。モリくんの改装には遊び心も溢れている。

生きづらくない人 第10回 最終回 |村上ひろふみ | 楽しいことは、きっと上手くいくから

 ぼくはヒロさんを尾道のソクラテスだと思っている。ソクラテスは対話を好んだそうだ。文字を書き残すことをしなかった。大衆の前で演説することもほとんどなかった。街を歩いては、誰かを捕まえて一対一で話す。ヒロさんは大勢の前で演説するように話していることをあまり見たことがない。少人数での対話のときに、ヒロさんの哲学は炸裂する。  ソクラテスは一方的な発言を嫌った。聴衆は黙って聴くことしかできないからだ。ヒロさんがコミュニケーションの哲学者。尾道の珈琲屋さんで彼をインタビューしていた