両親は、4歳のぼくにはじめて大人向けの本、『美しい花とその育てかた』をくれたのだった。
デレク・ジャーマン(1942-94)は映像作家であり、舞台美術も手がけた画家、作家である。個人的には、独特な艶かしさをもった映像が非常に印象的だった映画「カラヴァッジョ」(1986)の作家として認識している。メープルソープらとともにエイズ・カルチャーのスターの一人だったと言っていいかもしれない。洗練の果てにたどりついた退廃といった雰囲気がいかにも80年代的だった。
そのデレクがエイズを抱えながら晩年を過ごした場所がイギリスはケント州の海岸ダンジュネス(Dungeness)だった。ダンジュネスは地形学的に重要な土地でロムニー・マーシュ、ライ湾とともに環境保護地区ではあったが、すぐそばにダンジュネス原子力発電所を擁していた。
1986年、ダンジュネスにロケハンにやって来たデレクは売りに出ていた漁師のコテージを一目で気に入って買い取り、プロスペクト・コテージと名付けた。海岸で拾った流木やフリントストーンなどで庭を作り、植物を育てたり、オブジェを設置するなど、自然のなかでゆったりとした時間をすごした。そのダンジュネスでの生活をデレクの文章と詩、ハワード・スーリーの写真で美しく見せてくれるのが本書である。
元本は『Derek Jarman's Garden』(Thames & Hudson, 1996)。この本で話題になり、さらにデレクの歿後、プロスペクト・コテージがクラウドファンディングによって維持されることが決まって盛り上がったことがあった。
映像作家デレク・ジャーマンの咲き続ける庭〈プロスペクト・コテージ〉
https://brutus.jp/derek_jarman_garden/?heading=1
コテージの外観も可愛いし、古い木のインテリアも好みである。庭の本なので庭の写真が中心なのだが、3枚ほど掲載されている書斎が渋すぎる。
「第5クォーター fifth quarter」とは注釈によればこういう場所である。
じつのところデレクは少年の頃から庭いじりが好きだった。
[中略]
早すぎる晩年をふたたび庭いじりの情熱とともに過ごしたことになる。
ゲッセマネは新約聖書に出ているキリストが弟子たちに別れを告げ捕縛された場所。エデンは創世記にみえる楽園である。
結局、自然はそれらを無へと帰してしまう。これは誰にも抗えない。今では稼働を停止している原子力発電所もしかりであろう。
余計なことながら、筆者も1980年にケント州の港町フォークストーンにしばらく滞在していたことがある。ドーヴァーに近い場所だったが、バスに乗ってロムニー・マーシュ(文字通りの沼地)を抜け、中世の街並みが保存されているライにまで行ってみたことがある。
今思えば、もう少し足を伸ばせば、ダンジュネスも見られたわけだ。ケント州そのものがガーデン・オブ・イングランドと呼ばれていたくらいで緑の多い土地だった。羊の点々と白く見える緑の牧草地が広がっていた。そんな牧場や森を縫う細道を村の掲示板で見つけて安く買ったボロ自転車で駆け回っていたのもいい思い出である。本書を眺めながら、そんなケントでの日々を懐かしんでいる。
デレク・ジャーマンの庭
デレク・ジャーマン 著 / ハワード・スーリー 写真 / 山内 朋樹 訳
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=4862
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