見出し画像

カレーの歌

暑いでもない、冷たいでもない、心地よい風に包み込まれた帰り道。
この気温と風と空気と静けさがずっと続けばいいのに、と、電灯がつくりだした自分の影を踏みながら歩いた。

何を頼りに過ごせばいいのか迷い続けている日々の中で、いくつかの光があるとすればそれは大切に思う人が自分に向けてくれる温かな眼差しなんじゃないかと思う。言葉の力を確かめる作業を繰り返しながら言葉じゃないものの力に圧倒される日々。

「10月に辞めようと思っていたけど、やっぱり辞められなかったよ」

満員電車で目の前の女性が誰かに打ち込んでいたラインを見て胸が苦しくなった。
辞められない理由が何にあったのか全くわからないけど、いろんな意味が込められた「やっぱり」という言葉を心の中で反芻する。悲しみと諦め。
幸せになってほしい、と勝手に人の不幸を決めつけ勝手にに幸せを願う。10秒後に忘れる。勝手だ。

遠くで、ぐおおん、と電車の音が聞こえる。救急車のサイレンが小さくなっていく。公園の草むらで鳴く鈴虫が煩い。洗い物をする水の音、晩ご飯の鶏肉の残り香、夜風に揺れるカーテン。ふとんにはいるといろんな景色に包まれる。

昼間に食べたインドカレーの香りはもう残っていないけど、インドカレーの香りの記憶と一緒に食事をした女の子の優しい笑い声はまだ微かに身体の中に漂っている。

それを噛み締めて今日は眠ろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?