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真実の場所

大学院生活で気に入っているものの一つに教授とのオフィスアワーがある。これは教授が指定する時間帯にオフィスを訪ねて行って、授業での疑問点やそれ以外で相談したいことについて話すものなのだが、今回のオフィスアワーは少し変わっていた。その教授は時間を有効活用する為に、オフィスではなく歩きながら話したいということで、公園を散歩しながら話をすることになった。

今回の話題は貿易についてであった。大学院には貿易に特化した授業があり、またその他の授業、学校で開催されるイベントでも貿易がテーマとなることは多いのだが、意見が対立することも多い。今回の焦点はざっくり言うと、関税の撤廃や補助金の撤廃などを通して貿易を自由化するのと、関税や補助金を残してある程度自国の産業を保護するのではどちらが国の発展に良いのかという議論だった。これは日本がTPP(環太平洋経済連携協定)に参加する/しないという議論をしていた時のケースにやや似ている。

大学院で受講したある授業の教授によると、世界銀行は東アジアの国々(韓国、台湾など)の戦後の急速な経済成長の背景には貿易の自由化が大きく寄与していると以前に見解を示したことがあるようだ。これは関税の撤廃、補助金の撤廃、投資の自由化などの一連の処方箋を纏めて、ワシントンコンセンサスと呼ばれている。これに対してハーバード大学のDani Rodrik教授は、これらの国々の経済成長の背景には、貿易の自由化ではなく、国が特定の産業を補助金などの形でサポートしたことがあり、その結果として投資が増えたという反論をしていた。この反論の例として、カリブ海に浮かぶハイチは極端に貿易が自由化されているが、未だに世界で最も貧しい国の一つであるというものであった。

一方で、一緒に散歩をした教授の見解は、高成長を遂げた東アジアの国々はワシントンコンセンサスとは異なる政策(つまり補助金の付与など)を行っていたことは間違いなく、その政策の限界について認めながらも、経済成長に一定の寄与はしただろうというものだった。僕の大学院の貿易分野の教授はJagdish Bhagwati教授をはじめとする自由貿易論者が多いことで有名である。現在貿易の授業を教えてもらっている教授もその一派で、以前にオフィスアワーに行ってこの点について聞いたところ、その教授の主張は、韓国や台湾は確かに初期には保護貿易を行っていたが、早い時期に貿易の自由化に舵を切り、実際にその後に急速に成長をしたというものだった。裏付ける例としては、もっと遅い時期まで保護主義を続けていた中国やインドは、韓国や台湾に比べて、急成長を遂げる時期が遅れたというものであった。

この話を散歩しながらしていたところ、それは確かにそうかもしれないが、韓国や台湾も完全に貿易を自由化したわけではなく、一部保護していた部分もあるので、自由貿易を目指しながらも必要なところには一定の政府の介入があるのがベストなのではと言っていた。そして、自由貿易か保護貿易かという二分論はイデオロギー的すぎるが、実際にはその間のどこを狙うかが問題になるのだろうとの見解だった(貿易の分野はイデオロギー的な議論になりがちなので、あまり深入りしないようにしているようだった)。

この貿易分野は上記の通り、比較的考えが近くなることが多い同じ大学の教授でも意見が分かれていて、論文などを読んでいる限りでは全てを解決するpanacea(最近覚えた便利英単語)は現時点ではありそうにない。特に貿易はグローバリゼーション批判の文脈で感情的に語られることが多く、格差を生む原因になったとかよく言われているのだが、格差の原因には例えばテクノロジーの進歩も挙げられる(と、よく自由貿易論者は言う)し、経済成長のトリガーも勿論貿易だけではない。このように学んでいる自分としてはわかりやすい解がないだけにもどかしく、またどの意見も有名な教授が言っているだけにそれぞれに説得力があるのだが、わからないなりにも質問をしたり頭を使って考えることはきっと無駄ではないのだろう。「真実は中間にある」と言うのは簡単で、そう言ってしまえばなんとなく全部わかったような気になるので、出来るだけ使わないようにしているのだが、一定の真実なのかもしれないと教授と散歩しながらふと思った。

(写真は貿易についてのセッションを行うJoseph Stiglitz教授)

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