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費用対効果

大学院の長い冬休みも今日で終わりなのだが、折角なので学期中にはあまりできない読書をしようと思い、以前から気になっていたMountains beyond Mountains(邦題:国境を越えた医師)という本を読んでみた。これは以前大学院で講演を行った世界銀行総裁のJim Yong Kimと一緒にPartners in Healthという医療分野のNPOを創設したPaul Farmerという医者が主人公になっている。

この本ではPaulがどのようにハイチでこれまでまともな医療を受けられなかった人に治療を施し、またペルーや他の国でも不可能と言われた医療を提供してきたのかが詳細に書かれていた。PaulとJimはともにハーバードで学び、また「天才賞」とも呼ばれるマッカーサー基金からの奨学金も受賞していることもあり、最初は二人ともきっと非常に洗練された手法を使って素晴らしい成果を収めてきたのだろうと思っていた。ところが、彼らの手法は非常に地味で、困っている患者さんがいれば(この本のタイトルの通り)山をいくつ越えてでも医療を提供しに行くというスタイルであった。資金には常に悩まされ(しばらくはボストンにいるある裕福な実業家からの寄付に頼りっぱなしだった)、時には必要な医薬品をボストンの病院から失敬することもあった。WHO(世界保健機関)などの国際機関が推奨する治療法が役に立たないということがわかれば無視して自分たちのやり方で進めるなど、まさにスティーブジョブスの言う、「海軍より海賊」のアプローチである。

例えばあるハイチにいる患者さんが重症であり、ハイチでは十分な医療が提供できないという状況があった。この時、Paulが選んだのはこの患者さんの為だけに2万ドルを費やしてボストンまで移送し、先端技術を使って医療サービスを提供するというものであった。結局この患者さんは亡くなってしまうのだが、Partners in Healthの組織内からも本当に2万ドルをこの患者さんに費やすべきだったのか、他の患者さんにその2万ドルを使っていればさらに多くの人を救えたのではないかという声があがった。

こういった時によく出てくるのは費用対効果の議論である。現在所属している大学院でも費用対効果の授業があり、何か政策を実行する前には費用対効果を確認することが求められている。つまり、ざっくりいうと同じ金額を使うのならより効果が大きいところに使いましょうということである。これは特に税金を投入するような環境においては、おそらく疑う余地のないことであり、実際にアメリカでも$100 Million以上のプロジェクトには費用対効果の実施が義務付けられている。

これに対してPaulの回答はこうだった。「費用対効果がなんだっていうんだ。生涯のうちにひとりの患者の命を救うことができれば、それほど悪くない人生かもしれない。おまえは人生でなにをした?わたしはミケーラを救いました。ある若者を牢屋から出してやりました。そう答えられるんだから、俺は幸せ者だよ。」

この冬休みにマイクロファイナンスの分野でご活躍されている方とお話をする機会があった。マイクロファイナンスとは普通の形式ではお金を借りることができない貧困者向けに資金を融通し、その資金をもって事業を少しずつ拡大し、資金を借りた人達の生活水準も上がっていくというものなのだが、大学院の授業ではこのマイクロファイナンスの一定の成功を認めながらも、マイクロファイナンスを受けた会社あるいは組織がマイクロ→小企業→中企業→大企業と規模が拡大する例は非常に少なく(したがって経済全体への好影響も少なく)、またそもそもマイクロの規模のまま市場から退出してしまう例も多いという観点から、努力を向けるフィールドとしては疑問が残る(費用対効果はあまり高くないのではないか)という結論を出していた。

この点を失礼ながら指摘したところ、その方は仮に経済全体への影響が小さいとしても、貧困の為に人生においてチャンスをつかむことができない目の前にいる人を手助けしたいというその思いだけでやっているとおっしゃっていて、ああ、これはPaulと同じだなと思った。

きっと問題に取り組むに当たって、マクロとマイクロのどちらのアプローチを取るかは人によるのだろうし、それぞれのアプローチを取る人が一定数ずついるのが良いことなのかもしれない。僕個人としても出来れば両方のアプローチに何らかの形で関わることが出来ないかと考えるようになったが、きっとこれを具体化していくのが今学期の課題になりそうだ。

それにしてもこの本に出てくるPaulとJimから学ぶことは他にも本当に多かった。Jimは「目的はあくまでも人の生活を向上させることであって、自分の成長を目指すことではない。」とPartners in Healthのスタッフに語ったとされているが、このようなマインドセットを持った人が世界銀行のような組織でリーダーをしているのは誇らしいことだと思った。

(写真は全然関係ないがロックフェラーセンターのスケートリンク)

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