見出し画像

ビジョンの定義(1/2):良い定義とは?

□リーダーシップとビジョン

リーダーやリーダーシップの本には、ビジョンという言葉がよく現れます。しかし、その意味は曖昧で、具体的に説明できる人は少ないのではないでしょうか。この原因は、論文や本によって微妙に(時には全く)違う意味で使われていることにもあるかもしれません。

提案モデルにおいて、リーダーシップはビジョンを伝えよう・共有しようとするプロセスですので、ビジョンの定義がクリアであることが重要で、実際にそのように定義しています。また、うまく定義することで、多くの人に影響を与えている人(一般的にリーダーと呼ばれる人)の中でも、区別することができます。つまり、良いモデルや理論は分解能が高いと言えます。

ここでは、2回に分けてビジョンについて考えましょう。今回は、主にどう定義するかについて、既存の定義を参考にしながら考えてみます。次回は、提案モデルにおけるビジョンの定義をみながら、例えば、扇動的な主張の国家指導者は(提案モデルの意味での)リーダーではないことを導きます

図は『ユークリッド「幾何学原論」』の一部で、画像は金沢工業大学ライブラリーセンターの「工学の曙文庫」のものです。2000年以上前に、公理や定義から定理を導いた理論のスタイルに敬意を表して。

□これまでのビジョンの定義

ビジョンはミッションという言葉とよく用いられます。試しに「ビジョン ミッション 定義」などで検索してもらうと、これらの言葉の意味や関連を解説したページがたくさん見つかります。これらを見てもらっても、定義の決定版のようなものはなく、どちらがより上位概念かについても定まっていないようです。例えば、ミッションが先にあって、その下でビジョンがあるんだという意見もある一方、逆に、ビジョンが先という主張も見られます。学術論文でも、ビジョンの役割について正反対の主張がされていたりします。

リーダーシップの著名な本から、ビジョンの定義を実際に見てみましょう。

『簡潔に言えば、「ビジョンとはあなたの組織にとって現実的で信頼性のある魅力的な未来像である」。ビジョンとは、現在よりもさまざま点で好ましい結果が期待できる組織の未来像であり、組織が目指していくべき目的地を明瞭に表現したものだ』ビジョン・リーダー(ナナス)
『ヴィジョンは、将来、とりわけ遠い将来に何が起こってくるべきかを直截に描いたものである(組織、企業文化、ビジネス、技術、活動において)。』変革するリーダーシップ(コッター)

また、これらの本では、ミッションについての記述はないため、ビジョンとミッションの関係は明確ではありません。

他の定義も数多く見ましたが、多くの場合、ビジョンは将来像やなりたい姿などと説明され、ミッションは使命、存在意義、役割のように説明されるようです。しかし、この二つの関係(どちらが上位かも含めて)や、なぜ三つや四つではなく二つなのかまで含めて説明しているものはないようです。

□よい理論・モデルとは

導入部分で「うまく定義する」と書きましたが、実際の例を使いながら、よい理論・モデルについて考えてみましょう。いま、ビジョンの定義が良い定義かどうか判断する場合、以下のような仮想的な手続きを考えます。
1. 入力:ある人や組織が持つ「これはビジョンです」と主張する「ビジョンの候補」が与えられます。
2. 出力:この候補が本当にビジョンかどうかを、定義の文言に従って判断し、イエスかノーかを出力します。
良い定義かどうかの前に、同じ入力であれば、誰がやっても同じ結果になることが、定義であることの大前提です。

例えばミッションを使命や存在意義と定義しているものでは、使命や存在意義の定義はありません。もちろん、全ての単語を定義するというわけにはいかないため、ある程度の前提は共有しないといけないものの、定義に使う言葉で重要なものは、事実かある程度合意ができるものに限定すべきでしょう。ミッションを使命というのは、定義ではなく言い換えであるとも言えます。

ミッションで説明しましたが、ビジョンも同様です。ある論文では、ビジョンが「組織のアイデンティティ」と定義されていましたが、組織のアイデンティティ自体の定義はありません。これでは、手続きを進めることができません。

上述したナナスの定義では「現実的」や「信頼性」「魅力的な」という言葉でビジョンが定義されています。これらの言葉は定義しなくても理解できるといってよいでしょう。しかし、非常に主観的です。実際、既存のリーダーは、最初の頃は大反対にあうという例は多くあります。例えば、「小倉昌男 経営学」によると、宅急便サービスは「ほとんど全員の反対を押し切ってのスタート」だったそうです。つまり、当初は(小倉さん以外には)現実的でなかったり、信頼できなかったり、魅力的に見えなかったりしたわけで、ナナスの定義では、このような実例をビジョンとして扱えません。

倫理観を用いてリーダーを定義した例もあります。これは、ヒトラーのような例を「リーダーではない」と除外したくて、定義に条件を追加したものと思われます。現実世界に生きていて倫理が重要なことに異存ありませんが、定義に条件を加えれば加えるほど、定義から導かれる結果が狭くなります。つまりその定義はfruitefulでなくなります。できれば定義自体はシンプルにしておいて、うまく定義することで、倫理観のないリーダー候補を定義から除外できるようにしたいものです。次回は、そのような定義の例をお見せします。

□リーダーシップのモデル(ver1.0)

以下は、これまでの記事で書いてきたことを箇条書にまとめた部分です。

ここから先は

481字

¥ 100

いただいたサポートは、リーダーシップに関する本の執筆に必要な費用として、使わせていただきます。