空想パン屋とみかん畑 1
2011.07
震災の影響は少なからず残っていたが、無事大学入学時期が終わり晴れて大学生という最高のモラトリアムを手に入れた。
よし、これから可愛い彼女を早く作って1日でも早く有意義でラブリーな大学生活を始めるぞ。
と意気込んでいたものの、そんなにうまくはいかない。
そんな折に、中学生の時の彼女が音楽活動をしているということを知る。
ちょうどこの頃はmixiが全盛期でそこでそのことを知った。
少し緊張と下心をもちながら恐る恐る連絡を取ってみることにした。
ほどなくして連絡は返ってきて、音楽活動を高校生時代に始めたこと、本気でアーティストになろうとしていること、音楽関係の事務所に所属していること、ボイトレというなんかカッコいい響きのものに通っていることなどを知った。
ひたすら大学生になるべく勉強をしてきたその頃の僕には衝撃的だった。
あの時のあの女の子が自分の好きなことを生業にするために本気で挑戦している。
実はこの元彼女のことをずっと好きだった。
この話を聞いた時、そこに生まれた感情はあー、やっぱりこの子はいいなぁ、と思うと同時に僕はこのままでいいのか、大丈夫なのか、というえも言われぬ不安と悔しさだった。
……………
地元が同じだったその子とはそれからよく話すようになった。
そりゃぁ好きな女の子と話せるのは男だったら嬉しいに決まってる。
けれども会うたびにつぎのステージに少しずつ進む彼女を見て感じるのは焦りだった。
そして大学1年生の夏休み、彼女が和歌山のみかん農家さんにWOOFという制度を使って農業を学びに行った話を聞いた。
そこでは農薬や化学肥料を使わずにみかんを作っているのだという。
住み込みで働きご飯も毎食みんなで食べる。
外国人のWOOFERさんが多く、いつもいろいろな国籍の方が住み込みで働いているという。
その話もまたすごく面白そうだったし、そんなことをこの子は自分で調べて現地まで足を運び体験しているのか、と本当に驚いた。
僕はすぐにそのWOOFについて調べ始めた。
WOOFという制度は世界各地にある。
ただ、日本のWOOFは日本のWOOFサイトで、フランスのWOOFだったらフランスのWOOFサイトで、というように1つのWOOFに登録すればその国でWOOFERとして、農業に関する仕事に携われるのだ。
そこに金銭的なやり取りはなく、ホストファミリーは仕事を手伝ってもらう代わりに寝泊まりする場所、食事、休暇中の観光などをWOOFERに提供するのだ。
素晴らしい制度だと思った。
すぐにその子と同じく和歌山県にある上門農園に連絡をした。
これが農業との出会いであり、初めて知った農法が農薬や化学肥料を使わない農業だったのだ。
今思えばすごく運命的な出来事だった。
……………
僕が農園を訪れた時期は農繁期の夏真っ只中だ。
毎日の草取りに追われた。
上門さんのみかん畑は日本では珍しい平地でみかんの木を栽培している。
この時期はひたすらに木の根元周りの草を鍬で取っていく作業だ。
丁度僕と台湾人の女の子が他に3人いる時期でなかなかのペースで草取りを進めていけた。
一回り、全農園の草取りを終え一息ついた。
と、倉庫に歩いて帰る途中、前半に終えたはずのみかんの木の根元から青々とした草が複製写真のように生い茂っていた。
あれ?ここは4日前に綺麗したはずなのにな。
そこで、上門さんからまた明日から最初から草取りだね〜と笑顔で言われた。
これが農家の、それも農薬や化学肥料を使わない農業の草取りなのか。
まさに雑草との戦だ。
奇しくもその日の夕ご飯は天然うなぎであった。
明日からまた頑張ろう。
自然栽培との出会いだ。
空想パン屋 薪火野 中山大輔
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