見出し画像

つや、ありますよ

 私はポイントが好きである。そのためなら多少の労苦や恥を掻くのは苦ではない。
 
 ポイントカードを忘れると厄介だからと、アプリケーションをカードの代わりにスマートフォンにダウンロードして使い始めたのだが、これが中々厄介なのである。
 これ一つで用が足せれば良いのだが、そうもいかない。例えば、千円以上の買物で使える割引券であったり、ポイント二倍カードであったり、メンバーズカードであったり、その時々によって提示しなければならない店から頂く「紙物」が多いのである。アプリケーションをダウンロードしても事足りないのである。

 クレジットカードで支払ってしまった後に、これらのカードの存在をすっかり忘れて、会計を済ませてしまった時など特に厄介である。

 先日も、家に帰りホッと一息ついたところでハッとした。わざわざポイント二倍デーに合わせて買物へ行ったというのに、まだ入ったばかりのアルバイトのスタッフがレジをやっていたりすると、それらのものを持っていないか確認してくれないものだから、私もすっかり忘れている。普通ならもうこの段階でポイントは諦める人が殆どだと思うのだが、私はここからが勝負とばかりに、買って来た物とレシート、割引カードやポイント二倍カードを手に重い腰を上げ、再び家を出て店へと向かうのである。
 こういう時、店員との普段のやり取りが大きく影響する。いつも謙虚に、ちょっとしたことでコミュニケーションを取って顔を覚えてもらっていると、内心「面倒くさいな」と思われながらも、嫌な顔をせず快く引き受けてくれる。
 私はまたしても身を小さくして、店員にペコペコと頭を下げ媚びを売るのである。
「ポイントごときで」 と思われるかもしれない。 
器が小さいと軽蔑する方もいるかもしれないが、私はこういうアクシデントに付随して来る「人との関わり」も、案外好きなのである。

 例えるならば、昔々の商売で見られた店と客のちょっとしたやり取りのようである。
 見慣れた顔の若いアルバイトの青年が、陳列棚をチェックしていた。生憎シャンプーが切れそうだったので、買いに行ったのだが、髪質によって使うシャンプーが三種類もあって、私は狼狽した。
 ツヤのない髪に、きしむ髪に、ダメージヘアに、なぜ、こんなにもシャンプーがあるのだろう。私は鏡に写った自分の髪を見ても、自分の髪がどれに当てはまるのか分からない。そこで、アルバイトの青年に、「ツヤはないですかね?」と、藪から棒に訊いてみた。そんなことを訊かれたところで、訊かれた方も弱ったものだが、アルバイトの青年はまじまじと私の頭を見て
「いや、ツヤありますよ」
と言う。
「シャンプー選びに困っちゃってさ」
私がそう言うと、彼は詳しい人を無線で呼んでくれた。
 店に行っても、店員と殆ど口を利いている客を見たことがない。口を利いているのは私くらいのものである。ポイントカードに振り回されている有り様を書いていたつもりであったが、何だか雲行きが怪しくなってきた。
 私の髪を見て「つや、ありますよ」と言ってくれた大学生らしきアルバイトの店員の顔を見かけなくなってしまった。彼は新しい人生をこの春、歩き出したのだろうか。
 袖すり合うも何とかではないが、ポイントは貯まっても何だか妙にさびしい私なのである。

2024年4月10日 書き下ろし

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?