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青風 ②



 アオカジは、さほど大きくはないが、この辺の海ではとんと見かけない、珍しい魚だった。
 漁師たちは、こぞってアオカジを釣り上げようとした。しかし、どんなに仕掛けを工夫しても、アオカジを仕留めることはできなかった。
それどころか、アオカジはたいそういたずら好きで、餌だけを巧みに食べた後、釣り針をサンゴの枝にひっかけて、漁師たちをからかったりするのだった。

 ターラも、何度もアオカジを銛で突こうと追いかけた。最初はアオカジがすばしっこすぎて逃げられてばかりいたが、慣れてくるにつれ、アオカジの動きが読めるようになり、先回りをして向かい合うまでになった。
 だが、アオカジはにらめっこもめっぽう強かった。ターラがどんなに目をギラギラさせて見つめても、顔色ひとつ変えることなくじっと睨み返してくる。
 結局、最後にはターラの息が続かなくなり、睨めっこはアオカジの勝ちで終わるのだった。

 ところが、その日はちょっと違っていた。
 いつものように、ターラとアオカジは海の底で睨み合っていた。アオカジの後ろには、珊瑚やイソギンチャクがへばりついた大きな岩があった。
 ターラの燃えるような目を睨み返しながら、何かが変だぞ、とアオカジは思った。海底の藻の揺れ方や、小魚たちの息づかい、えらを通り抜けていく海水の温度が、いつもとほんの少しだけ違う。
 ターラとの勝負に集中しようと思えば思うほど、アオカジ心の中に、嫌な予感が広がっていった。
 アオカジはついに堪えきれなくなった。
 そして、ほんの少しだけ、よそ見をした。

 その瞬間、ターラの手から銛が放たれた。
 銛は、アオカジの背鰭をかすめ、岩陰からアオカジにかぶりつこうと飛び出してきた、大ウツボに命中した。

「なんで、俺をうたなかった?」
 アオカジが聞いた。
「俺は、人が狙っている獲物を横取りしようとするような卑怯者が大嫌いなんだ。それに、お前を仕留めちまったら、海に潜る楽しみが半分になっちまうからな」
 ターラはニヤリと笑ってそう答えた。


その日から、ターラとアオカジは友だちになった。
 ターラが銛でアオカジを狙うことは無くなった。しかし、ターラとアオカジは、相変わらず睨めっこもしたし、泳ぎ比べもした。

 島の海のことならすべて知っていると、ターラはたかを括っていた。しかし、アオカジはターラがまだ見たことのない美しい貝や七色に輝く珊瑚を見せてくれた。飛魚の羽の開き具合で風向きを見る方法があることも教えてくれた。

 アオカジと仲良くなってからというもの、ターラはますます海の魅力に取りつかれていった。

          続く

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