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熟達論

7月13日に「熟達論」というタイトルで、私のアスリート時代の学びをまとめた集大成となる本が出ます。引退した後に決めた夢の一つが「いつか現代版の五輪書を書く」でしたが、ようやくそれが叶いました。私は2012年6月にアスリートを引退しました。それからちょうど10年後の2022年6月から家にこもってほぼ一年間書き続けました。

五輪書は剣術以外の世界にも通じる普遍の勝負論を書いています。それと同じように全ての分野に通じる学習論を書いてみたかったのです。

今回は熟達という言葉にふさわしく帯を将棋の羽生善治さんと安田登さんに書いていただきました。以前、羽生善治さんと対談させていただくことがありましたが、僭越ながら話が通じる気がして不思議に思ったことがありました。私は将棋なんて全くわからないのに、過去に学んだことの話がわかる気がしたのです。最初は勘違いかなと思ったのですが、他の熟達者の方とも話すうちにだんだんと確信するようになりました。

「もしかして熟達者は分野を超えて共通のプロセスを歩んでいるのではないか」

私がずっと興味を持っていることは「人間総体として学び続けること」です。知識や技術を手に入れる方法は、世の中に多く出回っています。ダイエットの方法も、英語学習の方法も確立されています。しかし、思うようにならない心も含めて、他ならぬ自分自身を扱う技術だけは自分自身で見つけるしかありません。人間総体として学ぶとは、自分の扱い方も学んでいくということです。

「型があったからうまくいった」「型に押し込められて個性がなくなった」「考えて戦略的にいくことが大事だ」「考えるより勘で決めた方がうまくいく」「いろんな人のいい部分を取り入れるといい」「よそ見をせずにまずは誰か一人を徹底的に真似ることだ」

学びに関しては人によって矛盾する意見がありますが、私はこれらはただの段階の違いだと理解しています。この本では遊、型、観、心、空の5段階のプロセスを経て、人は熟達に至ると考えています。「空」の段階は、ゾーン体験に絞り込み書きました。私の知る限り国内においては、元オリンピアンがここまで詳細に自分のゾーン体験を自分の言葉で執筆したものはないと自負しています。もしすでにあったらごめんなさい。

私は人間が大好きです。執筆の途中にChatGPTが登場しました。人間にしかできないことはなんだろうかと考えても、やはり人間が何かに夢中になり探求していく喜びは残り続けるだろうと思います。「心」の段階で説明していますが、その人らしさが滲み出ることはこれからのAI時代にも大変重要だと考えています。

人は必ず学び続けることができます。熟達は機械になるようなものではなく、むしろ人間らしさが溢れ出てくる、開放感あふれるプロセスだと考えています。個人的にはようやく元陸上選手という肩書きを終えられた気分です。

ぜひ読んでいただけると幸いです。


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