短編BL_007「そっちとこっち」

 高校の同級生が遂に結婚した。「遂に」っていうのは、そいつが結婚するのにそれだけ苦労したってことだ。その同級生は男で、嫁さん……と言っていいのかは分からないけど、ともかく相手も男だ。2人は同性婚ができる国に移住して、正式に結婚した。
 あいつから「結婚した」という手紙が届いたとき、僕は呆れた。よくもまぁそこまでやるもんだ。僕にはこんな真似はできないな、と思った。
 いや、正しくは真似できなかった。そんな真似をさせてやれなかった。
 
 あいつとは高校の頃に付き合っていた。もちろん僕も男だ。
 それがバレたとき、僕らは先生から呼び出しを食らった。今なら問題になるだろうが……いや、今も昔もどうかと思う。こっちの勝手だろ、というのが本音だ。叱られる意味が分からなかったけど、それはさておき、両親や同級生に先生からゲイだとバラされた田舎の高校生がどんな目に遭うかは……あまり振り返っても仕方がない。今なら少しはマシなのかもしれないけど、とにかく僕たちはロクな目に遭わなかった。
 そんなとき、あいつが言った。
「今は最低だけど、明日はきっと大丈夫だよ。高校卒業したら街を出よう。グチャグチャうるせぇ親とも縁を切ってさ、東京か……いや、どっか海外に移住しようぜ。男同士でも普通に結婚できる国があるんだ。だからさ、オレらもそうしようぜ! な、そうすりゃ大丈夫だよ」
 僕は頷けなかった。

 そして今、僕はこうして写真を受け取っている。僕は街を出ず、あいつとは別れた。そのあとは地元の大学に通って、地元の企業に就職して、結婚して子どもができた。苦しいこともあるけど、妻や息子のことは大好きだし、今は幸せだって胸を張って言える。
 そんな今の自分の環境のせいか、それとも写真のアイツが昔と全く変わっていない、あの多少の事なら誤魔化されてしまう笑顔をしているからなのか。呆れはしたけれど、自分にもあいつにも腹は立たなかった。
 「同性婚か~。海外まで行って、凄いね。」
 妻が写真を見て言った。自分もまったく同感だ。
 「それに、わざわざ海外から写真を送ってくれるなんて。スゲーいい人じゃん。そんなに仲良かったの?」
 「まぁ、唯一の相談相手みたいな感じだったから」
 ウソをついた。
 「ふ~ん。あなたって面倒見がいいから――あ、なんか書いてあるよ」
 妻が写真の隅を指さした。そこには何処かの南の国での結婚式には不似合いな、見慣れたボールペンの文字列があった。
 『オレは大丈夫だったぞ。そっちは?』

 その日の夜、僕は家族写真を撮った。ハガキにして、あいつに送ろう。そして写真の隅にはこう書くんだ。
 『こっちも大丈夫だから、心配するな。幸せに』って。

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