短編BL_002「図書室のマナー」

 うちの高校の図書室は1階にあって通いやすく、広いわりに人が少ない。その少ない利用者もマナーがよくて、とにかく静かだ。何人もいても、まるで2人きりみたいに。だから――。

 矢田 明(やだ あきら)は図書館が好きだった。ここでなら、3年の先輩、藤田 健一(ふじた けんいち)と2人きりになれる。実際は2人きりじゃないけれど、2人きりだと思えば2人きりだ。
 「その本、面白いですよね」
 日が沈む頃、皆がボチボチ帰り始める。明も立ち上がり、先輩に一言だけ声をかける。今日の先輩はミステリーを読んでいた。いわゆる本格ミステリー系で、去年の夏に売れた本だ。
 「おお、矢田くん。これはね、凄くイイよ。なんでオレ、今まで読まなかったのかなァ。ははっ」
 「だから去年の夏に面白いから読んだ方がいいですよって言ったじゃないですか。先輩は売れてる本を何となく避けるから。そういう拗らせ方、損しますよ」
 「かもなァ。でも、オレはオレのタイミングで読みたいわけよ。たぶん、去年の夏にコレを読んでたら、楽しめなかったかもしれない。本の面白さって、こっちの状態にもよるじゃん? たぶん去年の夏だったら……こうっ、『いやいや、オレはそんな簡単には乗せられないぞ』みたいな。そういう気持ちで読んでたと思う」
 「めんどっ……」
 「うるさいな。そーいうもんなの。オレは。風紀委員で去年1年一緒だったわけだし、なんとなく伝わるだろ」
 「っていうか、先輩は帰らないんですか? もういい時間ですよ」
 「あっ……今日はオレ、もうちょい残るわ。今日のうちにコレ、読み終わっときたいからさ」
 「そうですか。では、また明日」
 「……う、うん。まぁな」
 そういって、その日は別れた。図書室を出て下駄箱へ。校舎の中に人はほとんど残っていなかった。グラウンドを抜けて校門を出る。すると3年生の女子が1人、立っていた。
 
 翌日、図書室に健一がいなかった。
 不思議に思っていると、健一が窓の向こうに見えた。名前も知らないけれど、女子と一緒に歩いているのが見えた。嫌な予感がしたけれど、それは予感に留まった。同じ光景を3日続けて見るまでは。
 ようやく気がついた。我ながらバカだな、と思った。なぜ3日も期待したのだろう? なぜ気が付かなかったのだろう?

 今日も図書館は静かだ。
 明が目の周りを指先で拭い、本に雫を落とさなければ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?