短編BL_004「気休めに、アイスを」
アイスを2本買った。「奢り」と言って、山村 圭(やまむら けい)は幸田 隆太(こうだ りゅうた)に渡した。太陽はギラギラと照りつけ、アスファルトは鉄板のようだ。駄菓子屋の店先の置かれたプラスチック製の長椅子も火傷しそうなほど熱される。
8月、夏期講習の帰り道。いつもの道を歩いただけなのに、息が切れている。こうして冷たいアイスを食べると、ほんの一口でも救われるようだ。
「それで、考えてくれた? 大学のこと」
圭がそう言うと、隆太はアイスを食べるのを止めた。
「うん。考えてる」
「じゃあ一緒に東京に出る?」
「それもありだと思う。お金のことは心配するなって、親も言ってたし」
「前も聞いたよ。それ」
「うん」
「うん、じゃなくてさ。そろそろ真剣に決めないとダメなんだよ」
圭は2年前のことを思い出す。
「好きです。付き合ってくれませんか」
隆太にそう言った。眠れないほど考えて、振り絞った言葉だった。成功したあとも、失敗したあとも考えない。どうにでもなれ、だった。
「うん」
隆太はそういって頷いた。笑っていた。その微笑みに、胸の中にあった淀みが綺麗に晴れた。あの時の気持ちよさは一生忘れないだろう。
けれど――。
「うん、わかってる」
あの時と同じはずの微笑みが、あれだけ好きだったはずなのに、圭の心に淀みとして溜まっていく。嫌だった。心が重くなるのも。そう感じてしまっている自分も。
「アイス、溶けないうちに食べよう」
圭は話題を変えた。これ以上、この話をしたくない。話せば話すほど、辿り着きたくない場所へ近づく気がした。とにかく話題を変えないといけない。たとえそれが、すぐに溶けてなくなるアイスでも。
「圭、一つだけ言わせて」
隆太がいった。
「なに?」
圭が聞き返した。
「正直、悩んでるんだよ。こういうのって一生の問題だし。親には、まだオレとお前のことを話してないし。だけどオレさ」
隆太が天を仰ぐ。
そのとき圭は見た。少しだけ泣きそうな隆太の顔を。
「圭が好きなんだ」
アイスを食べ終えた。蝉の鳴き声、車の走る音。そして無言になって初めて気がついた、かすかな風の感触。
弾んでいた息が整う頃、圭は言った。
「隆太、ああいうのはズルいぞ」
「ズルいって……なにが?」
「なんでもない。あと、オレも好き」
圭がそう言って微笑むと、隆太も笑った。
「ありがとな」
「よし、行こうぜ」
太陽は激しく2人を照らし、地面は行く手に陽炎を作り出している。相変わらずの夏空の下、2人はほんの一瞬の冷気を胸に歩き始めた。
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