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目の前の幸せに気づくこと

軽井沢は現在紅葉の季節、
朝食のために食堂へ移動している朝、
教室を移動しているお昼、
ふと美しい紅葉たちに目が吸い寄せられる。

ISAKのキャンパスの紅葉達は、美しく輝いているけど、我が強いわけでもない、そして、心が包み込まれるような奥深い優しさがある。

今晩、Rediscover ISAKという運営しているポッドキャストのチームで会合があった。ISAKに戻ってきた当初の8月は、今年気合を入れてやろうと意気込んでいて勢いがあったのだが、テストなどに追われてだいぶ疎遠になっていた。

秋休み明け、テストもしばらく落ち着いているので久しぶりに復活。3人メンバーで会合を行った。(会合という昔ぽい言葉を遣いたいだけです笑)

会合では、Rediscover ISAKのコンセプトについて様々なことを語り合った。

「生きること、死ぬこと」についてプロジェクトを行なっている新加入メンバーが深い問いをたくさん投げかけてくれる。

Rediscover ISAKの存在意義とは?、誰がリスナーなのか、語り手と聞き手にインタビューのあとにどんな気持ちになってほしいか?、Rediscover ISAKが掲げる大きな問いとは何か?など、今までポッドキャストの数を稼ぐという目標に引っ張られて目を向けられていなかった根本的な部分を掘り下げる機会になった。また、コンセプトを作っていくプロセスは、自身のモチベーションの源泉を理解することでもあるからとっても大切なことだなぁと改めて思う。

話が飛ぶが、その会話の中で、僕の最近のテーマである、人の「素晴らしい点」を探す能力を向上させてたいと話していた。(僕は自分の直感で面白いと思えないとその人にそれ以上興味がなくなってしまうのだ)

そうすると、新加入メンバーが嬉しげな顔で「私は出会った人にはいつも手紙などを書いて感謝を伝えるよ」と習慣?を語ってきた。親友じゃなくいがっこうの先生でも、イベントで少し一緒になった子達にも。。。なぜ?・・・

「なぜそんなに沢山のことを仲良くない人にもでしようと思うの?」と聴くと、「私は目の前の人に出会えて良かったといつも思うから、小さくても相手からGiveされていることに気づくし、自然と相手に感謝する気持ちが湧いてくるんだよ」と素敵な答えが返ってきました。


「出会えたことに感謝」


たしかに、人と会うことが当たり前になった日常では、1人の人に会えたことに幸せを感じることはほとんどない。でもそれってちょっと考えてみると、70億人の人口から目の前のその人にで会えたことってある意味奇跡でもある、その人に出会えたことで、再現性のない空間を2人で作り上げて、味わうことができているのだから。

一見当たり前なような事実に感謝の気持ちを持つことで、目の前にいる人に真剣に向き合い、感謝し、喜びを噛みしめることがてきる。両親も、祖父母も、友達も、兄弟、みんなそう。何気ない日常に感謝を見出せると幸せになる。

すごく抽象的で、感傷的なことを書いてしまったが、新加入メンバーとの会話で大切なことに気づくことができた。

日常に散らばっている小さなを感じとれる人になりたい。

人生の経験は、全て統一されていなてなくて、でこぼこである。でもそれで良いのだと思う。日々感謝が積み重さなると、人の心背骨のように真っ直ぐな幸せの軸ができていくから。

「感謝のキャッチボールが幸せのホームランとなる」(作者不明)

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