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私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない!』1

寿司と神と外国人

「どうしてこの国の寿司はパサパサのカスカスなんだ!」
 アメリカ・ネバダ州のとある町の寿司屋で麻生優作(あそうゆうさく)は項垂れた。水分を失ってパサパサのカスカスになったイカ握りを摘み上げ、重いため息を吐く。私のような純日本人には、理解に苦しむほどいびつで不味くて、目を剥くほど高い寿司も、現地アメリカ人には最高に美味しいらしく、連日の満員御礼だった。午後三時前だというのに未だ待ち客が長い列を作っている。

 一体、なぜだ――――。

 優作はため息をつきながら、パサパサの酢飯の上にくたびれたマグロが乗った寿司皿を、引き抜いた。
手が、怒りでアル中のように震えだす。適当に切ったセンスの一ミリも感じられない形。潤いを失い、老人の肌のように乾いた表面。このマグロが一貫五ドル。ふざけるな、クソが! これが日本の寿司と思われるのが嫌でたまらない。

「らっしゃっせぇ~」

 禿げ散らかした、中国訛りの板前が、カウンターの奥から顔と歯を突き出した。どこかの漫画で見たような顔をしている。店員はみな寿司の握り方もわかっていない非日本人だ。訛った日本語で挨拶をしたあとは、英語で接客。
 自慢げに寿司より大きいワサビをだして、味も素っ気もないインスタントの味噌汁をサービスで出してきた。

「わっどぅーゆーわん?」
「えっ、あっ! えっと。じゃぁ、甘エビを頂こうかな」

 優作の、流暢な日本語に寿司職人が目を丸くした。
 本物の日本人が食いに来たから驚いてやがる。優作はふふんっと自慢げに鼻を鳴らした。

 昔はアメリカで寿司を握っている日本人をよく見かけたが、今では稀だ。ほとんど、現地のアジア系アメリカ人が握っている。
 優作は不快だった。
 別に日本人以外のアジア人が寿司を握るなとは言わない。嫌なのは、彼等が「私は日本人です」と堂々と偽って握ることだった。ここの奴らは平気で嘘をつく。現地のアメリカ人は、彼等の訛りまくった日本語を聞いても本当の日本人かどうかなど分からない。アジア人だったら皆同じ、酷いときには、アジア人は全員中国人と思っているやつらもいる。彼らにとっては、「アメリカ人か、そうでないか」なのだ。

 優作は、日本人が思うほどアメリカ人は日本を知らないと知った。
 彼等は寿司を握るアジア人は全員日本人だと信じて疑わない。寿司職人=日本人、という図式は彼らの脳から簡単には切り離せない。握っている職人も、その方が都合がいいから自分の国籍を隠すようにしている。

「ワタシニポンジンデスヨ」
 などとコテコテの外国語訛りで、平気で嘘を吐く。

 二度いうが、優作は日本人以外が寿司を握るなとは言わない。
 嫌なのは、日本人が握った寿司がブランド化されていることで、ブランドが広がれば広がるほど「日本人が握った寿司はマズい」と広められているような感じがしてならないからだ。だが、それは優作の勝手な思い込みで杞憂である。連日客が訪れるところをみると、アメリカ人に取ってはこのマズい寿司こそ美味しいのであり、我々日本人が思う美味い寿司屋は閑古鳥がないていたのだから。

レストランの口コミで低評価をつけられる理由の一つに、「寿司屋なのにカリフォルニアロールがない」と書かれていたのを見た時、自分が寿司職人だったら「バカ舌に合わせて作ってられるかクソが!」と、プライドが許さず、さっさと日本に帰るだろうと思った。実際、帰った職人もいた。
 アメリカ人はとにかく濃い味を好む。彼らは醤油が大好きで、なんでもドボドボとつける。シャリなんかは醤油で全部黒く染まって白い部分がみえなくなっている。あれじゃあ醤油の味しかしない。
 結局、彼らは味が濃くて見た目がゴージャスで、ボリュームがあれば高評価をつけるのだ。

 優作が度々訪れていた本物の寿司屋――――いわゆる日本人が握っていた寿司屋の大将は、プライドを捨ててアメリカ人の舌に合わせた「ジャパニーズ風キャリフォルニアロール」を店の定番メニューとして売り出した。おかげで店は大繁盛。連日満席になったが、優作はこの店の大将を「裏切り者」と呼んだ。
「アメリカ人に媚びへつらいやがって。お前の寿司への情熱はそんな簡単に捨てられるものだったのかよ!」
 酔っ払った勢いで大将につっかかったところ、
「アメリカで生まれた娘と家族と生活のためやねん! 現地人の味に合わせるしかなかったねん!」
 と号泣され、掴んだ手を緩めた。
「生きるため、か……」
 優作は湯のみを机に叩きつけた。茶までまずく感じる。実際、まずかった。

「ハイ、ドージョ。エビよ」
 手術で装着するような薄い手袋を着けた板前もどきが優作に寿司を手渡した。
 おやじの手に染み付いた皮膚の塩味がうまさの秘訣なのに……と、内心で毒づく。
「あ、さんきゅ、さんきゅ」
 優作はニカっと笑顔を作って頭を上下に揺らした。得意の愛想笑いは狭い日本を生き抜くための処世術であったが、ここアメリカでは稀に気持ち悪がられる。
「いただきまぁーす」
海老をお箸でつまむ。本当は手で掴みたいところだが、この国の礼儀として素手で食べることを控えた。
口に含んだ瞬間「うぐっ」っとなった。
なんだ、このカスカスの海老は!? それよりシャリだ。箸で摘んだだけでパサパサと崩れ落ちやがった。
柔らかさと光沢を失い、乾燥した米粒を見て優作は再び怒りに震えた。
こんなものが日本人の握った寿司としてアメリカ人に慕われているとは情けない。卓上型シャリ玉機「寿司の助」でさえもっと上手に握るぞ。
「シャリがまずいっ。まずすぎるぅーっ!」
「やはり、そう思われます?」
「うわっはあーっ!?」
優作は隣から聞こえた突然の声に驚き、椅子から転げ落ちそうになった。実際、半分落ちた。
声の方に顔を向けると濃ゆい顔をした天然パーマの金髪碧眼男性と目があった。彼はラクダのような長いまつ毛を瞬かせ、優作を見つめていた。


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