私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』5
ヤードセールとは、アメリカでよく行われる自宅の庭での不要品販売だ。
いらなくなったもの、使わなくなったものを家の庭先で売りさばく個人主催の蚤の市である。
日本のおしゃれな蚤の市とは違い、こんなものまで売るのか、というようなものまで並ぶ。
たとえば、ガスの無くなった百円ライターや、ネジ一個、トイレットペーパーの芯、汚れた下着まで売っている。その他、雑誌、扇子、ボタン、なんかのキャップや車の部品、充電器のない電子機器、ツボ押し棒、壊れた額縁、名前いりのお箸や弁当箱など……。
日本人が、「こんなもの売れるはずがない!」と思う、変なものほどアメリカ人は買っていく。
だが、ガラクタばかりではない。思わぬ宝の発見もある。
先月、隣のアメリカ人家族がヤードセールでジーンズを売り出していたときのことだった。
訪れた日本人がそれを見て血相を変えて駆け寄った。ジーンズはビンテージもので、売れば数万円になるという。そんなジーンズがたった1ドル(130円)程度で売られていたから、日本人はその場で笑みを隠しきれなかった。
もちろん、売主はジーンズにそんな価値があるとは知らなかった。
他にも同じようなジーンズはないかと日本人が尋ねたところ、売主が奥から全部持って来て、こんな煤けたジーンズでよかったら全部あげるよ、と手渡した。
彼は、「これで当分、働かなくてすむぜ、ひゃっはー!」と日本語で叫びながら走り去った。
優作はその光景をみて、悔しさで唇を噛んだ。
自分にファッションの目利きがあれば、彼より先にあのジーンズを手に入れることができたのに。
まさか隣の老夫婦が、そんな価値があるジーンズを家に所持していたとは思いもしなかった。
その後、自分も一攫千金してやろうと、いろんなヤードセールを訪れてみたが、優作にはファッションセンスも、どれが値打ちのあるものなかもまったく分からず、とりあえず適当に買い占めた。
あの日本人のように金持ちになりたくて販売したところ、「こんなズタボロは一円にもならねーわ」と言われ無駄にジーンズに埋もれる羽目になった。
優作にはこれらのジーンズの一体何が、値打ち物と違うのか分からなかった。
どこからどうみても、ダメージの加減も、煤け方も、色も、すべて同じジーンズに見えた。
「How much is this?(これいくら)」
折りたたみ椅子に座りながら、ぼーっと物思いに耽っていた優作は、女性の声に意識を戻された。
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