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私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』2

 ザ・外国人にいきなり話しかけられた優作は、
「イ、イエス! ノーサンキュー。えっと、アイムソーリー! ノープログラム」
 と捲し立て、愛想笑いを作った。

”なんだよ、この外人。知らない人に気軽に話しかけて来るなよ!”

  そう思った直後、よく考えればここはアメリカだということを思い出した。
 外国人は自分の方じゃないかおっさん! と、脳内で自分にツッコミを入れる。

 しかし、どうしてアメリカ人というやつは、見知らぬ相手でも知り合いみたいに気安く話しかけてくるんだ? こっちは見た目アジア人で英語が話せないかもしれないというのに……彼らにはそういう気遣いがまったくない。もっと相手のことを考えてほしい。
 優作は内心、ぶつくさ言いながら、先ほどの外人のセリフを思い返していた。

”あれ? 先ほど聞こえたのは日本語だったような?” 

 いや、実は、自分はいつの間にか英語が得意になっていて、脳内で勝手に変換されていたのではないだろうか、だとすれば「やったぞ!」と、優作は思った。『聞くだけで英語がペラペラになる』の教材を毎日聞いていた甲斐があった。聞くだけで英語がペラペラなんてんなもんあるかぼけぇ! と思っていたが、あったのだ。

「彼らの味覚は一体どうなっているんでしょうね」パサパサまつげが続ける。「おそらく味は関係ないんでしょう。彼らに必要なのは珍しさと量のみ。そう思いませんか?」
「え? あえ? え? あ、あの」

 優作は慌てて唾を飲み込んだ。しかし、さっきのパサパサした寿司のせいで喉が詰まってうまく飲み込めなかった。

「に、日本語ですよね? 日本語話しておられます?」
「あれ、違いましたか? 私が人間と会話をするときはその人物の国の言葉で話すようにしているのですが、あなたは日本人ではないのですか?」

「い、イエス! アイ」

 優作は軽いパニックに陥った。否定疑問文で尋ねられたら、答えは反対になるんだったっけ。いや、そんなこと関係ないんだ。日本語で尋ねられてるんだから英訳する意味はない。

「ノー。アイムジャパニーズ」
「え? だから日本人で合ってますよね?」

 天パ外人が少々、威嚇した感じで眉根を寄せる。

「あひゃ……!」

 そういえばさっきから相手は日本語で話していたじゃないか。優作は恥ずかしさで顔が火照った。
 外国人の顔を見て話すとどうしても英語が出てしまう。英語が話せる訳でもないのに顔が外人ってだけでなぜか英語で話そうと頑張ってしまうのは日本人特有の悪い癖なのだろう。相手が必ず英語圏であるとも限らないのに英語を使う。
 英語は共通語だ。外人をみたら英語で話せば通じる、と教えてきた日本の教育が悪い。

「すいません。欧米人を見ると、なんか全部英語に聞こえてしまうんです」
「そうですか。私はまた、人間界に長くいるせいで設定が狂ってしまったのかと思いました。はははは」
「……に、人間界?」

 優作はケツを半分だけ椅子からずらし、この危ない外人からいつでも逃げられる体勢を整えた。

 まだ三皿しか食ってないが、どうせこの店の寿司はパサパサのカスカスだ。構うもんか。優作はそう考えながらもあと二皿くらいは食べておかないと失礼だろうか、さっきの偽日本人風寿司職人は以外と愛想がいいやつだったな。二皿で帰ったら、不味かったんじゃないかとショックを受けないだろうか。その時はチップを弾めばいいか。などと、またも日本人特有の要らぬ気遣いが優作の脳を占めていた。
 優作はそんな自分のめんどくさい超日本人的な性格に自己嫌悪していた。

(過剰なサービス精神を叩き込む日本的教育が悪いんだよ、このクソが! 日本はいつかそのサービス精神のせいで滅ぶぞ!)

「あなたは日本から来られたのですか?」
 天パらくだまつげが優作に聞いた。
「はぁ、まぁ、そうですが、あなたは日本語がとてもお上手ですね。訛りが全くない」

 優作は尻をもう少しだけ外へずらした。

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。私は地上の人間の全ての言語を話すことが可能ですが、これは設定であり、自分ではその国の言葉を話しているという自覚はないのですよ。理屈では聞き手のあなた方が自分の言語として自動的に理解しているだけなのです」
「あ……はぁ」

 優作は口をぽかんとひらきながら情けない声を吐きだした。
 さっきからこのらくだはなにを言ってるのだ。人間界とか地上の人間とか、全ての言語だとか設定とか。まるで自分は人ではなく、どこか宇宙からやってきたような言い方じゃないか。

 そう言えば、ここアメリカのネバダ州にはエリア51と呼ばれる、エイリアン関連の施設があると噂されるが、まさかこいつ宇宙人なんてことはないだろうな。

(まさか……ね。はは)

 優作はラクダまつげを横目で流し見た。食通の日本が大好きな有名人にこんな顔がいた気がしてきた。

 大抵こういう寿司好きの日本語が堪能な変わったアメリカ人というのは、偉大な功績を残す起業家や投資家のビリオネアが多いそうで、かくいうスティーブ・ジョブスも日本の蕎麦が好きすぎて、社員食堂に蕎麦メニューを置いたくらいだ。もし、このらくだまつ毛が実はアメリカでは名高い投資家だったら、この出会いは運命かもしれない。ここで仲良くなっておけばいいことがあるかもしれない。就職先を紹介してもらえるとか。
 優作は乾ききったイカのようになった唇を一舐めした。

「し、失礼ですがあなたのお名前は?」
(覚えておいてあとでググろ)
「ああ、これはこれは。自己紹介がまだでしたね」

 ラクダまつげが白い歯を剥き出して微笑む。

「私は、神です」
「え? カミュ……さん、ですか?」

 セイン・カミュとかいう芸能人がいたな、と思い浮かべる。

「いえいえ、神です」
「えっと、それはつまり……」

 優作はいよいよ逃げる態勢でもって尻を傾けた。

「GOD?」
「YES, I am」

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