【断髪小説】髪を貢ぐ女②
「どう、かな?」
流石に照れながら聞いてくるメグさんに、グッときてしまう。
「いいと思う…。なんか見違えたね」
正直な話をすると、前髪を切る前のメグさんは俺のタイプのど真ん中だった。
でも、眉のはるか上で揃った似合わない前髪も、それはそれでグッとくるものがある。
「えー、はる君絶対思ってないじゃん、切り損だよ切り損。明日からどうしよー」
そう言って眉をハの字に寄せるメグさんから目を逸らすと、時計はすでに23時をさしていた。
「はる君、終電気になるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「お姉さんがいいホテルとってあげるよ」
そういってスマホをいじり出すメグさん。
「いいよ別に。それに、普通のホテルはこの時間からじゃ無理じゃない?」
「お姉さんの職業何か忘れちゃった?」
メグさんはそういうと電話をかけ出した。
そういえばメグさんは旅行関係の仕事をしていて、追っかけで遠征をするときもその恩恵に預かっているといっていたな。
「いい部屋取れたよ、なんと最上階!」
「よくそんな部屋空いていたな」
「キャンセルがあったみたいだよ」
「なるほど。てか、メグさん少し積極的すぎない?」
「いいのいいの、お姉さんどうせもう守るべきものなんてないし」
そういうとメグさんは徳利の日本酒を煽り出した。
「ちょ、大丈夫?どうしたの?」
「だって、ジン君がぁ…」
そういうと今度は泣き出した。
「ああ…」
そういえば一昨日、メグさんが長年追っかけをしていた人気アイドルグループのジンが、突如として長年交際した一般女性との結婚を報告していた。
「お姉さんの救いはもうはる君だけだよ」
「ちょっと、メグさん!」
「ねえ、お願い、一緒にホテルにいこ?いいことしよ?」
「メグさん落ち着いてよ」
「ねー、ジ…はる君の言うことなんでも聞いてあげるから」
こいつジンと言い間違いやがった…。ここまでくると少しメグさんを気の毒に思うと共に、もっともっとメチャメチャにしたくなった。
俺は、悪魔的な考えを思いついてしまった…。
でも、今のメグさんの前髪の長い方の髪型、すごくタイプなんだよなぁ。
「ねえ、はる君、聞いてる?なんでもしてあげるからホテルいこうよ?」
「本当になんでもするの?」
「なんでも、何回でも言うこと聞いてあげるよ?」
「本当に?拒否しない?」
「しないよ。お姉さんがどんなことでも聞いてあげる」
「わかった。じゃあいこうか」
そうしてたどり着いたのは、駅近くの少しお洒落な感じのお高いホテルだった。
メグさんの気合いの入れ方が目に見えるようだった。
部屋について見つめ合う二人。
しばらく続いた静寂を打ち破ったのはメグさんだった。
「で、お姉さんはまず何をすればいいのかな?お風呂に入ればいい?」
少し頬を赤くするメグさんに、俺は吐き捨てる。
「まずは向かいのディスカウントストアでバリカンを買ってきて」
「え?バリカン?」
思いもよらぬ発言に素っ頓狂な声をあげるメグさん。
「そう。バリカン。早く買ってきて」
「いいけど、お姉さん何に使うか知りたいな…」
余裕ぶっているが、一気に汗をかき始めたメグさん。
きっとこの先どうなるのか、彼女なりの最悪の結末を想像したのだろう。
「…わかった。少し待ってて」
しばらく葛藤したあと、そう言ってメグさんは部屋を後にした。
思えば昔からメグさんは、周囲が止めるのを聞かずに推しに全てを貢ぐ人だった。
ジンが結婚したことにより、推しが彼女曰く似ている俺に変わったのだろう。
しばらくすると、袋を右手にぶら下げたメグさんが戻ってきた。
俺は、今からこの女をメチャメチャにする。
「おかえり、メグさん。ああ、でも剃刀も買ってきてもらえばよかったかな…」
そういってメグさんに微笑みかけた。
「お待たせ、はる君。少し恥ずかしかっ、ンン」
キスをしてメグさんの口をふさぐ。
少しとろんとした目で俺をみるメグさん。
「ありがとう。俺の言うこと、どんなことでも聞いてくれるんだよね?」
「うん、お姉さんがなんでも聞いてあげるよ」
軽率にメグさんがいう。
「じゃあ、買ってきたバリカンでおでこからメグさんの髪を刈ってよ」
「え?」
「だから、メグさんが、自分で自分の頭を刈るの。こうやって」
そう言いながら、俺は右手をバリカンに見立ててメグさんのおでこから頭頂部まで撫でていく。
「え、そんなことしたら、え、待って、しかも自分で?」
「なんでもやってくれるんだよね?」
メグさんに微笑みかける。
「でも、それはさすがに…。いや、ほら」
「メグさんならどこまでも尽くしてくれると思ったのになぁ」
メグさんは目を見開いて俺をみた。
「はる君、それってお姉さんを受け入れてくれてるってことだよね。お姉さんがはる君のものだからいってるんだよね?わかった、お姉さんもはる君の期待に応えるね」
メグさんはそういうと覚悟を決めたのか、バリカンに電池をはめ込む。
「はる君が望むなら…」
メグさんはバリカンのアタッチメントを外しながら言った。
そのまま、バリカンを切り揃えられたばかりの前髪の前にもってきて電源を入れた。
ヴィィィィィィィン
メグさんの手が震えているのはバリカンの振動だけが理由ではない。
「はる君に、お姉さんの大切な髪の毛を貢ぐね」
メグさんはそういうと、バリカンをゆっくりとおでこに押し当てはじめる。
チチ、ジジジジジジ
バリカンはゆっくりと、メグさんの頭を進んでいく。
バリカンがそこにあるときは何も変わらないように見える。ただ、バリカンが少し進むとそこにはさっきまであったサラサラの髪の代わりに、ごまつぶみたいな短い髪が残るのみであった。
バリカンはさっきショートボブに整えてもらったばかりの頭に、ゆっくりと青白い線を引いていく。
バリカンが通ってしばらくしてから、支えを失った髪がゆっくりと、バサリと落ちていく。
「ねえ、お姉さんこんなんになっちゃった」
メグさんは震えながらいった。
「ほんとだね、メグさん。さっきまであんなに可愛い髪型だったのに、もうどうしようもないね」
「はる君のためだから」
「メグさん、36歳でそんな髪型になってどうするの?せっかく今でもまだ可愛い顔をしているのに、その頭じゃ台無しだね」
「可愛い顔…」
「可愛い女性だったけど、ハゲたおばさんになっちゃうね」
そういいながら、バリカンを受けとり、メグさんのうなじから押し上げていく。
バサバサ
さっきよりも勢いよく髪が落ちていき、白いうなじがあらわになる。
「36歳で髪の毛がなくなっちゃうと、女性としてもう戻れないね」
そのまま青い道を作りながらバリカンは進んでいき、やがてメグさんが刈った一本道と合流した。
「どうするの?これから周りの人が最後のチャンスにかけて婚活したりする中、メグさんだけハゲた頭でおばさんに向かっていくんだよ?」
「うう、お姉さんははる君のお嫁さんになるから」
ショートボブの可愛い髪型の真ん中らへんに、ごまつぶみたいな髪が残った青白い一本線が引かれている。かわいいショートボブなのに、おでこからうなじの一直線だけが丸坊主。
最初にバリカンを入れる位置がずれており、パッツンにしそこねた前髪の長い部分はそのまま残っている。
「結婚式でみんなにその頭をみてもらうの?」
「はる君が望むならそれでもいい。みんなにみられても嬉しい。むしろ見てほしい」
メグさんが少し熱を持った顔でいう。
「嘘だと思うなら見ててよ。私、この頭でいまからさっきのお店にいって今度は剃刀買ってくるから」
そういってメグさんは、再び部屋を後にした。
つづく
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