【断髪小説】彼の気を引くために③完?

「ねぇ、あのさ」

前屈みになりつつ片付けを始めた彼に向かって、私の覚悟を投げかける。

「私の髪、ほんとはもっと切りたいんでしょ?」
「え、あ、なんで?」
「あのさ、さっきから、股間、刈るたびに…、ばれてないと思ってた?」
「あ、え、あ、いや、そうじゃなくて、これは、あえ」
「いいよ、正直になっても。私、別に引かないから」
「あ、えっと、はい…」
「私の髪、好きに切ってもいいよ?」
「ほんとに…?」
「責任とって付き合ってくれるなら、だけどね」

開き直って真っ直ぐに立ったまま、彼が固まる。
ついに私は幸運の女神様の前髪をむしり取りにかかった。
恥ずかしさと興奮が混ざった顔で、彼が私の眼を見た。

「最高…。よろしくお願いします」
「えっと、ありがとう。よろしくね?」

こうして、私に彼との春が訪れた。ただ、訪れるものがあれば去りゆくものもあるわけで…。
きっと私の髪は瞬く間に刈り取られて、あの動画の女と同じ丸坊主にされてしまうのだろう。

「あの、早速なんだけどさ…」

遠慮がちに彼がいう。

「私の髪、もっと切るんでしょ?」
「ああ、うん、そうなんだけどさ、まずは今の姿を撮影したいな」

どうやら彼は、髪のある私をまずは記録に残しておきたいらしかった。
私は彼の指示に従って、いくつものポーズをとった。
刈り上げツインテールにしてダブルピースをしたりと、少し恥ずかしい思いもしたけど、彼と付き合えた高揚感がなによりも勝っていた。
彼は一通り動画と写真に撮ると、満足したのか私に座るように促した。

「ねえ、今から切っていくけど、せっかくだから動画に残しておいていい?」

どうやら彼は夜に向けておかずを確保したいようだ。見ず知らずの女性の動画に慰めてもらう彼に、ここはひとつ、彼女としてひと肌脱いでやることにしよう。

「いいよ、私も後で見てみたいし」

急に気が大きくなった私は二つ返事で了承した。

「それでさ、本当は切るんじゃなくて、刈るんでしょ?」

撮影の準備を始める彼に、私は核心に迫る。

「さっきのカフェで、動画観てたの見てたよ」

彼の顔が真っ青になり、やや遅れて今度は真っ赤になった。色が途中で変わる花火みたいだなあ。

「あ、えー、うん、みてた。そういうフェチなんだ。でも、それを含めて受け入れてくれたってことでいいんだよね?」

彼は祈るような目で私を見る。

「うん、そういう理解でいいよ」
「じゃあ、俺がどうしたいかも…」
「あー、うん、理解はしているつもり」
「ありがとう…」
「じゃあ、私が心変わりしないうちに早くやっちゃってよ。いまだって怖くて心臓がバクバクしてるんだよ?」
「わかった、ごめん」

ピロン

そういうと、彼は動画のスイッチを入れ、バリカンを手に取る。
カメラから隠さないように私の前に立って、バリカンのスイッチを入れる。

ヴィィィィン

思ったよりも大きいモーター音を鳴らすバリカンを私のおでこの前に近づける。

「いくよ?」

ジジジジ

私が小さく頷くと同時に、バリカンがパッツンに切りそろえられた前髪の下に潜り込む。
そのまま前髪をやや持ち上げたかと思うと、黒い束が顔を滑り落ちていく。
そのままバリカンは頭頂部を越えてつむじのあるであろう位置を超えたところまで髪を刈り取っていった。
鏡に映る私の髪型は、真ん中に青白い筋ができたおかっぱ頭のだった。

「やっちゃったよ?どう?もう後戻りはできないよ」

彼が少し上ずった声で聞いてくる。

「恥ずかしい…。まだ余り変わってないようにも見えるけど、もう取り返しがつかないんだよね…。早く終わらせてほしいな…」

彼は先ほど作った青い道の横に、またバリカンを走らせる。
すると、また髪がめくれるように私の頭から離れていく。
それを右、左と繰り返すと、私の頭はまるで落武者みたいになってしまった。今日、偶然彼と出会ったときはコテで巻いた、私史上最高ともいえる髪型だったのに、いまは夢にも見なかった有様だ。
幸運の女神の真逆ともいえる髪型になったところで、彼はバリカンのスイッチを切った。

「じゃあ、ここで一旦撮影タイム挟もうか」
「え…」

正気か?私はいま落武者頭だぞ?
彼に言われるがままに、私はポーズをとっていく。
可愛らしいワンピースに、落武者頭でダブルピース。
羞恥心で頭が沸騰しそうになる。

「あっ、ちょっと待ってね」

そういって、彼は私の髪を触りはじめた。

「よし、できた」

鏡に映るのは、裾にレースをあしらったワンピースに、落武者ツインテールの女。
いっそ殺してくれ。性癖が異常すぎる。
そしてまた彼のいう通りにポーズをとっていく。
私は女の子なのに落武者頭です。わたしは女の子なのに落武者頭でツインテールをしています。私は女の子なのに落武者ツインテールでダブルピースをして笑っています。わたしは…。

その撮影会は30分にも渡った。ちゃっちゃと坊主になってお終いだろうと思っていた私の考えは甘かった。

更にいうと、大変不本意なことに彼との初めては落武者ツインテールだった。一生懸命かわいく上目遣いをしてみても落武者は落武者。彼は最初、落武者ツインテールの女に咥えられて果てた。青く刈られた部分にぶっかけて果てやがった。その後、刈り上げ落武者ツインテールを色んな角度から堪能して何度も果てた。

「じゃあ、今回はこれで散髪はお終いにしようか」
「え?」

待って♡
まさかこのまま終了ですか?落武者ツインテールでフィニッシュですか?

「せっかくだからしばらくこのままがいい」

彼がモジモジしながらそういった。

「せめて坊主にしてほしい」
「いや、実は坊主よりもその髪型の方が好き…」

待って、マジで性癖が特殊すぎる。これだとウィッグも厳しいものがある。

「できれば、毎日剃らせてほしい」
「あー、うん、もう好きにしていいよ…」

こうして、私と彼との新しすぎる新生活が幕を開けたのだった…。
ちなみに、彼のお気に入りはツルツルに剃った落武者ツインテールでのダブルピースであり、私はどんだけかわいいメイクをして綺麗な服を着ても、ウィッグや帽子の下は落武者頭で過ごしていくことを余儀なくされたのであった。

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