§1 概要|古典命題論理|ずんずん命題論理

 この記事は、マガジン「古典命題論理|ずんずん命題論理」の1回目です。古典命題論理の概要についてゆるーくお話しします。

 なお、このマガジンは、古典命題論理の体系を解説するものです。このマガジンは、動画シリーズ「ずんずん命題論理」の資料としても用いることができます。
 このマガジンの目次や注意点については、次の記事をご参照ください。

 動画シリーズ「ずんずん命題論理」に興味がおありでしたら、次のリンクをご利用ください。

§1.1 古典命題論理とは

 論理学は、推論の正しさを検討することを目的としています。

 推論は、一般に、ある情報の集合(前提)から一つの情報(結論)を導く営みを指します。これには、大別して演繹的推論非演繹的推論の2つがあります。
 非演繹的推論は、前提には含まれない新しい情報を、結論として提示します。ただし、その前提が正しかったとしても、その結論が正しいかどうかはわかりません。

ニワトリ君のした推論(日本語に訳してあります)「コッコッコ。一昨日朝日が昇るとえさがもらえた。昨日も朝日が昇るとえさをもらった。今朝も朝日が昇ると餌をもらえた。だから明日もそうに違いない。」

戸田山和久(2011)『「科学的思考のレッスン 学校では教えてくれないサイエンス」』NHK出版、98

 一方、演繹的推論は、前提の情報から間違いなく言えることを、結論として提示します。つまり、非演繹的推論とは異なり、前提が正しい時には、結論は必ず正しくなります(なお、戸田山が同書で指摘していますが、エニシダはマメ科の植物ですから、下の推論には前提に誤りが含まれます)。

・エニシダはシダ植物である
・シダ植物は花を咲かせない
ゆえに、エニシダは花を咲かせない

ibid、102

 推論は、私たちが日常的に思考したりことばを使ったりする上で避けては通れない営みです。推論を学ぶことで、私たちの思考過程や言語使用を客観視することが期待されます。また、人文・社会・自然いずれの分野の科学においても、その理論の発展に際して、推論は重要な役割を果たしています。
 推論に対する見方・考え方は数多く存在しますが、論理学は、「推論が正しいとはどういうことか」という視点を提供します。すなわち、論理学では、何を正しいと仮定・前提すれば、そこから何が結論として正しく言えるのか、という観点から物事を考えます。
 すなわち、論理学は、演繹的推論を検討する枠組みであると言えます。

 (古典)命題論理は、論理学一般の体系の中で、もっとも基礎に位置している体系です(「古典論理」は、ふつう命題論理述語論理をあわせた呼称として用いられます)。
 そして命題は、正しいか正しくないかが判断できる(最小の)主張のこととお思いください。例えば「シダ植物は花を咲かせない」「哺乳類は動物だ」などは命題です。この正しいか正しくないかが判断できる命題を最小の単位として、推論全体が正しいか正しくないかを検討するのが、命題論理の目標のひとつです。

 ここで、命題論理は、個々の命題がどういう性質を持っているかに関わらずに、推論を一般的に検討しようと、推論を形式化することを試みます。すなわち、次の手法をとって、推論を日常言語から切り離し、技術的に取り扱う方針を取ります。

  • 命題を、PやQなどのアルファベットを用いて一般的に表す

  • 否定詞「でない」、接続詞「かつ」「または」「ならば」の4つのことばの振る舞いのみに着目する

 次のセクションでは、推論を技術的に取り扱う上で、命題論理がどのようなことばを用いるのかを整理します。


§1.2 古典命題論理で用いることば

 §1.1でお話しした通り、古典命題論理では演繹的推論を形式化し、いささか技術的に検討します。そのため、ここでいくつかの用語を、その概念を表す記号とともに導入します(なお、ここで導入する用語は、野矢(1994)、戸次(2012)に基づきながら、執筆者が独自に整理したものです。書籍や流派によっては、やや文言や概念が異なる可能性があります)。

推論式
……推論式は、私たちが命題論理の枠組みを用いてその正しさを検証したい対象そのものです。推論式は、「前提、ゆえに結論」という形をしています。そして、前提は論理式の集合、結論は単一の論理式からなります。
……(記号)推論式は、一般に「Γ⇒φ」のように表されます。ここで、Γは前提の論理式の集合、⇒は「ゆえに」、φは結論の論理式を表します。

論理式
……論理式は、正しいか正しくないかがわかる主張です。論理式のうち、それ以上分解できないものを(原子)命題と呼びます(これに対して、原子命題が否定詞や接続詞をともなったものを分子命題と呼ぶことがありますが、本マガジンでは原子命題のみをとくに命題とし、それ以外は論理式と呼びます)。
……(記号)論理式は、一般にAやB、PやQなどのラテン文字アルファベット、およびφやψなどのギリシア文字アルファベットで表されます。

否定詞・接続詞
……命題論理では、「でない」「かつ」「または」「ならば」の4つのことばの振る舞いに着目します。このうち、「でない」を否定詞、「かつ」「または」「ならば」を接続詞と呼びます。そして、この4つを合わせて論理記号と呼びます。「でない」は1つの論理式につくので1項の論理記号、「かつ」「または」「ならば」は2つの論理式を結びつけるので2項の論理記号と言えます。
……(記号)「でない」は「¬」、「かつ」は「」、「または」は「」、「ならば」は「」の記号でそれぞれ表されます。

意味論・統語論
……命題論理では、推論式の正しさを2通りの方法で検証します。すなわち、「前提に含まれる論理式がすべて正しい時に、結論の論理式が正しくなるか」、「前提に含まれる論理式の形から、結論の論理式の形が導出されるか」という方法です。前者の方法を取るのが意味論、後者の方法を取るのが統語論です。後にも述べるように、命題論理の体系は、意味論と統語論が互いに補完しあうことで成り立っています。

恒真性・妥当性
……意味論において、論理式が正しいことを恒真、推論式が正しいことを妥当と言います(やや語弊がありますが、統語論との対比のために簡略な記述にとどめます。詳しくは第2回「意味論」をご覧ください)。
……(記号)論理式φが恒真であることを「⊨φ」、推論式Γ⇒φが妥当であることを「Γ⊨φ」と表します。なお、⊨はダブルターンスタイルと呼ばれる記号です。

証明可能性・演繹可能性
……統語論において、論理式が正しいことを証明可能、推論式が正しいことを演繹可能と言います(やや記述が不足していますが、意味論との対比のために簡略な記述にとどめます。詳しくは第4回「統語論」をご覧ください)。
……(記号)論理式φが証明可能であることを「⊢φ」、推論式Γ⇒φが演繹可能であることを「Γ⊢φ」と表します。なお、⊢はターンスタイルと呼ばれる記号です。

健全性・完全性
……一般に論理体系の意味論と統語論では、論理式や推論式の正しさの指標が異なっており、統語論で正しいものが意味論で正しい、逆に意味論で正しいものが統語論で正しいとは言えません。ある論理体系において、統語論で正しいものが意味論で正しい場合、その論理体系は健全であると呼ばれます。また、意味論で正しいものが統語論で正しい場合、その論理体系は完全であると呼ばれます。命題論理では、意味論と統語論の間に、健全性・完全性が成り立ちます。すなわち、先にも述べたように、命題論理の体系は、意味論と統語論が互いにその正しさを補完しあっています。


§1.3 このマガジンの目標

 このマガジンでは、以下の2つのことがらを目標にします。

  • (前半)ド・モルガンの法則を、意味論・統語論それぞれで検証する。

  • (後半)命題論理体系の健全性・完全性をそれぞれ検証する。

 このマガジンの前半(第2回〜第5回)では、命題論理の意味論と統語論をそれぞれ導入します。そして、それぞれの枠組みの実践として、簡単な論理式・推論式を検証するところから始め、最終的にやや難度が高い「ド・モルガンの法則」を検証します。ド・モルガンの法則は、少なくとも高校数学までは、自明のもの、あるいは解説する対象(検証する対象ではなく)として取り扱われます。これをこのマガジンではきっちり検証してみます。

 このマガジンの後半(第6回〜第7回)では、命題論理の健全性と完全性をそれぞれ検証します。命題論理の健全性・完全性は、入門書で単独に取り沙汰されることがあまりありません。また、やや難易度が高く、入門書では取り扱いづらい話題でもあります。しかし論理体系の健全性・完全性は、どのような論理体系を考える上でも欠かせず、また多くの場合において、命題論理の場合と同様の手法で示すことができます。したがって、このマガジンでは、多くの論理体系に応用できる健全性・完全性の話題を、もっとも単純な論理体系である命題論理で説明することに挑戦します。


§1.4 参考書

 このマガジンは、おおむね以下の書籍にもとづいて作成されています。

  • 戸田山和久(2000)『論理学をつくる』名古屋大学出版会

  • 野矢茂樹(1994)『論理学』東京大学出版会

  • 戸次大介(2012)『数理論理学』東京大学出版会

 野矢(1994)は、論理学の入門の自習用テキストとして最適です。枠組みは論理学のそれでありながら、たいへん軽快な語り口で、論理学を学ぶ人たちの素朴な疑問に寄り添いながら、体系が導入されます。また、解説のついた豊富な演習問題があります。真理関数的意味論・自然演繹的統語論による古典命題論理・古典述語論理、これらの健全性の証明、直観主義論理、ゲーデルの不完全性定理の概略について学ぶことができます。一通りの古典論理を外観した後にも、多くお世話になる書籍です。

 戸田山(2000)は、野矢(1994)と同様に、豊富な演習問題を取り揃えた、古典命題論理・古典述語論理にフォーカスした書籍です。とくに、古典命題論理の完全性の証明については、かなり丁寧な記述があり、野矢(1994)の内容を補完することができます。野矢(1994)が自然演繹を統語論の中心に据えている一方、戸田山(2000)はこれと同等の別の統語論を自然演繹と併用しており、統語論の等価性についても考えることができます。また、古典論理を発展させた非古典論理にも触れており、様相論理に初めて触れるなら戸田山(2000)はもっとも適した書籍の一つと言えそうです。

 戸次(2012)は、上に挙げた3冊の中でもっとも形式性が高い書籍です。定義・定理・解説をベースとした書き方を採用しており、数学に慣れ親しんでいる方にとっては馴染み深いでしょう。戸次(2012)は、幅広く証明体系の等価性を確認した上で、述語論理の完全性・健全性について述べています。野矢(1994)と併用すれば、直観主義論理の基礎はおおむね抑えられると思います。なお、戸次(2012)は理論自体の解説が主であって、演習問題はやや少なめです。

 上に挙げた3冊以外にも、論理学と相互補完的な関係にある集合論について知りたい方、あるいはより「数学基礎論的な」論理学の書籍を好まれる方向けに、以下の4冊を挙げてみます。ただし、これらの書籍はこのマガジンで扱う内容やこのマガジンの難易度を大きく超えます。

  • 松坂和夫(1968)『集合・位相入門』岩波書店

  • ケネス・キューネン著、藤田博司訳(2016)『キューネン数学基礎論講義』日本評論社

  • 古森雄一、小野寛晰(2010)『現代数理論理学序説』日本評論社

  • 鹿島亮(2009) 『数理論理学』朝倉書店


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