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89. どこに行けばいいの?

新婚旅行から戻って、風疹でさらに1週間の休みをもらい、わたしはようやく職場に復帰した。
最初の2日間は熱にはうなされたけど、ゆっくりと身体を休めることは出来た。

復帰した日、事務所のドアを開けた瞬間、なんとなく今までと空気が違っているような気がした。
みんな相変らず忙しそうだった。でも、わたしは、その中にどう溶け込んでいけばいいか、戸惑っていた。
2週間のブランクが、1ヶ月も2ヶ月も経ったように感じていた。

「おっつ、ムネちゃん!もう大丈夫なんか?大変やったなぁ~~。疲れが出たせいもあったんやで。まぁ、しばらくは環境が変わって落ちつかんだろうけど、ボチボチ頑張ってくれたらいいからな」

上司や先輩たちは、口々にそう言って励ましてくれたけど、戦線を離脱したような疎外感だった。

「そんな、いきなりシャカリキになって仕事することはないよ。じきに忙しくなるんやから、今はのんびりしといてもいいんじゃないか?それに、ムネちゃんは、結婚したんやから今までみたいな仕事のしかたはできないやろ?あ・・・ムネちゃんやないなぁ~~。名前も変わったんやから、ちゃんと新しい名前で呼ばないとなぁ~~」

戸惑っている私に、定岡さんはそう声をかけてくれた。その気持ちはとっても嬉しかったけど、結婚したからって接し方を変えられるのは嫌だなと思った。

環境は変わってしまったけど、自分の中では通過点として受け止めたかった。今までも、独り暮らしをしてきていたんだから、今までと変わりなく仕事をして、家事ができればいいと思っていた。

今まで、毎日のように遅くまで会社に残って仕事をしていたのに、定時になるとやることもなくなって、誰よりも早く家へ帰る。新居も、会社から徒歩10分のところにあるのですぐ着いてしまう。

帰って食事の支度をして部長の帰りを待った。部長は、いつも帰ってくるのが遅くて、深夜になることも多かった。
それはそれで気楽でいいんだけど、いままでのような自由気ままな気楽さとはちょっと違う。住み始めた家にも、だんだんと居場所のなさを感じていった。

みんながわたしを置き去りにして、自分たちのペースで仕事をし、生活をしいてる。幸せなはずなのに、どうしてこんな違和感を感じるんだろう?

「別に何も変わったことないさ。今までもお互いに仕事を持って生活してきたわけだから・・・。俺が、けいちゃんに何か特別のことを注文してるか?今までどおりでいいって、言ってるやろ?そんな気にすることないさ」


それはそうだけど、あまりにも今までどおり過ぎる部長に対して、一番戸惑っていたのかもしれない。
“もっと、わたしのこと、構ってくれてもいいんじゃない?これじゃあ一緒になった意味ないじゃない!”

いつも、いつも、そう言いたかったけど、「仕方ないだろ。会社の付き合いとか仕事があるだろ?」って一蹴されそうで言えなかった。

“聞きわけのない人間には思われたくないもん。嫌われたくないもん。気まずい思いはしたくないもん・・・!”

そんな気持ちがだんだん膨らんできて息苦しくなった。どこに行けば、わたしは安らげるんだろう?わたしのこの気持ちを、誰にわかってもらえるんだろう?

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