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79. 父のつぶやき (2)

それから、父の話は、少しずつお金をためて、この土地に自分の店を持ったこと。その頃は、モノクロ写真が中心で、現像、焼き付けの作業を、夕方から深夜にかけて、母と二人で毎日やっていたこと。だんだんと、カラー写真が普及してきて売上が落ち込んだ時期のこと、一般のお客さんから、お役所や病院、建設会社など、団体や企業との取引を始めて仕事が安定してきたこと・・・・。と続いていった。

その頃のことは、わたしも寮生活を始めていて全く知らなかったことで、わたしが私立の学校に入ったことで、父や母に金銭的にかなり負担をかけていたのだということもわかり、ますますその場に居づらくなった。

「まぁ、いろいろやってきたよ。ここまで、自分でよー頑張ったと思う。でも、もう商店の時代じゃない。もうちょっとしたら郊外に大手のスーパーが出来るらしい。そこへ入らんかゆう話もあるし、カラー写真を自分の店で焼けるように設備投資せんかという話もある。でも、わしは、もうこのまま、いけるところまで頑張ろうと思うとる。だめじゃというところまできたら、店を閉めたらええと思うとるんよ」

父の生い立ちから始まった話は、気がつくと、これから店をどうするかというところに発展していた。

「この商店街も、そろそろ2代目が店を継ぐようになってきたんじゃけど、資金のあるところはショッピングセンターに移っていくし、資金がないものはこのままじゃ。さびれていくところを継ぎたいという、物好きもおらん。ここは、どんどん店が閉まっていくじゃろう。
息子でも今は家を継がんような世の中じゃ。ましてや娘なんかに、後を継いでくれゆうのは、無理な話じゃろう?この店は、わしで、終わりにする」

今、やっとわかった。どうして、自分の生い立ちから話し始めたのかが・・・。

父はあがり症で、人前で話すことが苦手な人だった。要領を得ない話をするので、「父さん、もうちょっと整理してから話してよ!」って家族から言われていた。その父が、私を家から出してもいいというために、そこまで遡って話をしてくれたのだ。
みんな何も言わずに、父の話を静かに聞いていた。

「こいつ、性格がきついぞ~~。誰に似たのか知らんが・・・。覚悟は出来とるか?」

「父さん、そんな言い方ないでしょう?」

「はい、覚悟は出来てます。ありがとうございました!」

それでこの話は終った。最後は、父なりに冗談で明るく締めくくりたかったのだろう。

頑固で自分勝手だけど、人の気持ちをさりげなく汲み取って、人の嫌がることとか、面倒なことを全部背負い込んでしまう人。長い長い話を聴きながら、わたしは父の優しさを感じていた。この人を父に持って、ほんとうによかったとしみじみ思っていた。こうして、わたしと部長は、新しい生活の準備に向けて、一歩踏み出すことになった。

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