見出し画像

103. 絶対に無理!

最初は席に着いているだけで少し辛かった。休暇中の後半は、もう起きて普通の生活をしていたのだが、規則正しい生活をするのは、1ヶ月ぶりだったから・・・。

会社のみんなは気を遣ってくれて、わたしを定時で帰してくれた。以前のわたしなら、そんな風に気を遣われることが嫌だったが、今は喜んでさっさと帰れた。今のわたしには、秘書の試験を受けるという目標がある!仕事が終わったら少しでも勉強がしたかった。

会社から戻って食事の支度を済ませ、部長が戻ってくるのを待ちながら、キッチンのテーブルに参考書を広げせっせと勉強した。
試験まであまり時間がなかったが、内容は日々仕事の中で経験していることなので、頭の中にスーっと入っていった。

でも、勉強を進めながら、わたしの仕事のやり方が根本的に間違っていたことに気づかされた。

秘書になるつもりはないけれど、仕事の中で上司や責任者のサポートをする場面は沢山ある。不在の上司に代って仕事をするなかで、代りにやってはいけない仕事の領域にまで入り込んでいた。

“このことをもっと早く知っていたら、数井さんや定岡さんに あんなに迷惑をかけずにすんだのに。 でも、過ぎたことを後悔しても仕方がない。今は、勉強しながら試験に合格することと、勉強した内容を、仕事に生かしていくことに集中しなくちゃ!”

そう思いながら、勉強を続けた。ところが・・・

「最近、熱心に勉強してるなぁ?何やってるんだ?」

テーブルの上に置き忘れたレポート用紙と筆記具に目をやりながら、部長が聞いて来た。

「あのね・・・秘書検定っていうのを受けようと思ってる。来月3級から受験して、できれば1級まで取ろうと思ってる。1級は、とっても難しいんだけどね・・・・」

「おまえが、秘書?そりゃ絶対に無理だよ。上司をアゴで使ってるようなおまえに、秘書のセンスなんて、あるわけないやろ。秘書っていう仕事も理解できるわけない。合格なんて絶対に無理無理(笑)!」

部長は、わたしの話を最後まで聞こうともせず、笑いながらそう言い放った。頑張れよ!っていう言葉を期待していたわたしには、頭から水をかけられたような返事だった。ショックだった。

「何よ!その言い方は・・・!合格できるか出来ないか、やってみなけりゃわからないでしょ?いいわよ。絶対に合格してやる。1級取ってやるんだから・・・・!」

「そう?頑張ってみろよ(笑)。取れたらたいしたもんだ。そうなったら、今より少しはマシになるかな(笑)?」

部長は、わたしのことをからかっているのだということはわかった。わたしもそれ以上反論すると、ホントのけんかになるので、何も言わなかった。でも、このことが、わたしのやる気にますます火をつけた。


“時間がない!なんて言ってられない。今度の試験には、絶対に合格しなきゃ!”

そして、試験の日を迎えた。わたしは、一人で試験会場である近くの短大を訪れた。教室は女子学生ばかりで、わたしのような会社勤めの人なんて一人もいなかった。

“こんな若い子たちと、一緒に受験するだなんて・・・”_ちょっと恥ずかしかった。だけどこれが最終目標ではなく一番最初の目標なのだ。恥ずかしくても合格して、次に進んでいけばいいのだ。
そう思い直して、試験問題に向った。

短期間しか勉強していなかったけど、問題はそう難しくなく、提出したときには“これは、合格できたな!”っていう手ごたえはあった。

1ヵ月後_。予想通り合格通知が届いた。

「おっ?めずらしいこともあるな。まぐれってこともあるしな(笑)」

相変らず部長は、憎らしいことを言った。

「ま、体調も完全ってことないんだし、あんまり無理しないようにな」

だけど、そう言いながらも、体のことを気遣ってくれていた。完全に回復したのだけど、病院からは毎日基礎体温をつけて、1ヶ月に1度はそれを持って検診に来るように言われていた。

「どうして、こんなことするんだろうね?もう、出血もないし、体もだるくないのにね」

「完治っていうのは、医者が判断することだろ?医者がいいって言うまで、ちゃんと行かんとだめだぞ!」

仕事もまた元通り忙しくなってきて、半日でも会社を休むことが申し訳ないと思い、そんなことをつぶやくと、その度にきつく叱られた。

“そんなに厳しく言わなくてもいいのに・・たかが検診くらいで・・・!”

だけどあれ以来、部長は一緒に本屋にいくと、よく医学書のコーナーで専門書をじっと見ていることが多くなった。何を見てるの?って聞いても、別にとしか言わないんだけど・・・。

からかわれながら、叱られながら_、ふたりで交わす言葉は増えていった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?