見出し画像

ワタシは、パリで

ワタシはパリにいるけれど
ワタシは今、パリが好きなのかな
セリーズは創作中の版画を眺めてそう呟いてみる
カレンダーが2023年になってから取り掛かった作品
完成まであと少し
版画に向かっている時は、全てを忘れて無我夢中になれる
版画に向かえない日もある
そんな日は、悲しくなる
ワタシは何のために生きてるの?

去年は欲にまみれた男たちに何人も会った
会うたびに、心がふぅーっとため息をついた
欲にまみれた男たちは、みんな存在がちっぽけだった
お金に目が眩む
女に目が眩む
言ったことを「言ってない」と言う
そう言えばすべて片付けてしまえると思っている男たち
ため息は誰に?そんな男たちに?
ならばため息すらも、もったいない
もしかして、このワタシ自身に?
そうかもしれない、と思い、またため息を
横目で空を見上げる
冬の次に来る春を追いかけている

ある日、セリーズはパリ東駅のホームに立っていた

いつものようにその朝も散歩に出た
冷えた体を、冷えた心を温めてくれるものがある
それが何なのか、誰なのかはどうでも良かった
そもそも考えるヒマも余裕も無い
ワタシに出来ることは、春の服を着ること
たとえそれで余計に冬の寒さを感じることになっても

お気に入りのブランジュリの角を曲がる
待ち伏せていた黄金色の朝日に包み込まれる
その時、セリーズは旅に出ようと思った
「貴婦人たちの城」と呼ばれるロワール河畔のあの城へ
シュノンソー城へ
今日のうちに戻れるだろうか、今この瞬間の優しい気持ちでこのワタシは、このワタシへ

20分後、セリーズはパリ東駅のホームに立っていた

たどり着いたら、その城は灰色の空の下で背筋をピンと伸ばして佇んでいた
16世紀から18世紀にかけて、何人かの貴婦人たちが橋をかけ、庭を造り、ギャラリーを橋に乗せ、またある時は城そのものを守ってきた
セリーズも自分の身が引き締まるのを感じた
城は彼女にこう問いかけた
あなたには情熱を捧げているものがありますか、と
「あるわよ、誰に理解されなくても、私にはあるわ」
それを聞いた貴婦人たちは微笑んでまた問うた
あなたの今はどうですか、あなたは今どこにいますか、と
答えに詰まった
いや、答えはある、この胸の中に
答えられなかっただけ
その時セリーズは、パリに帰ろう、と思った

・・・長い長い一日だった
電車は何分も何分も似たような景色を窓に映した
故郷を出た人が居場所を探すように
戻れない旅の果てをどこまでも探すように
失うもの、失われるものたちの残像に、失って始めて気がついたように
いや、ワタシはまだ失ってなんかいないわ

電車が東駅に入った時、セリーズは思った
「あぁ!パリに戻ってきた」
「パリよ、ただいま」
パリはその時、セリーズの住む街になった







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?