見出し画像

何でもはっきりさせたい人にこそこの映画は言う【落下の解剖学】♯104


落下の解剖学   2024年/フランス




【ストーリー】


人里離れた雪山で暮らす一家に起きた父親の転落死。発見したのは息子のダニエルと飼い犬のスヌープ。視覚障害があるダニエルは異変に気が付き母のサンドラを呼び叫んだ。これは事故なのか自殺なのか他殺なのかミステリーが始まる。



【解説というか、レヴューというか、】  ネバレします

鬼気迫る法廷劇。事故と考えられる序章が次第に自殺と見えてくる。さらに家族の関係が明かされると、他殺と見えて行く見事なグラデーション。
視聴者はすっかり陪審員になった気持ちに。ですがそんな気分のわたしたちを揺さぶる映画になります。

弁護士との関係も勘ぐってしまう


表層だけの思い込みで真偽を決める正義感の危ういを特性を指摘した描き方は『怪物』に似た作風でもあります。しかしこの映画は何度も言う、事実は重要じゃない。ストーリーが最も大切で、事実は関係ないと強調される。なので法廷での証言は完全に作られたストーリー。フィクションなのです。


被疑者はベストセラー作家、そして夫も作家だ。息子もそういった家庭で閉鎖的に暮らしていた。事故、自殺、母か子供か、それとも両方ふたりで殺したのかも、、何通りものストーリーに出来る結末に答えはありません。だから、はっきりさせたいタイプの人は見ない方がいいかもしれない。というかそんな人にこそ、この映画は言う。現実はねじ曲げられるのだから、ミステリーの真髄には真実など無い。リアルは虚構というフィクションで覆われていると。

ポーカーフェイスなサンドラ


視聴者に創作や想像の幅を広げる面白さをうったえていると同時にその恐ろしさも示しています。作家はモンスターじゃないけど、フィクションは現実を破壊できる。創作を極めた人が強いのだ。だからこの作品に答えを求めるのは意味のない事なのです。

検察側は現実の比喩。被疑者はフィクション。現実と作り話の闘いの結果、フィクションが勝ったんです。この映画は多分そういう映画なのだ。

見えないのではない、見えにくいのだ




【シネマメモ】

最もこの映画が視聴者に受け取って欲しいのは「クリエイトをして」でしょう。これほどまでに観る者に作家性を求める作品はあまり見た事がない。さすがはカンヌ映画祭の最高作品、映画表現に新しさを感じます。それから字幕がとても親切。〈〉の部分は映画内の被疑者と弁護士の脚色の部分なのです。作家は現実をネタにしてストーリーを作りあげる生きものだからね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?