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外食学概論 ホッピー篇

2020年。本来なら東京オリンピックをすぐそこに控え、盛り上がっているはずの5月も終わる昼下がり。私は高円寺にいた。どこにも出かけなかったGWも終わった後の週末、真夏のような天候の真っ昼間。いつものように短パンサンダルで駅をペタペタ歩きながら待ち合わせ場所に向かった。






少し遡って2020年、2月くらい。中国で新型コロナウイルスっていうのが流行り始めたというニュースが頻繁に出るようになった。あっちの方はコウモリを刺身で食ったりするからそういう事もあるかもねって武蔵小山の大衆酒場でニュースを見ながら笑いながら話した。

割っるなら♪ハイサワ〜♪でお馴染みの博水社が作ってるハイッピーはホッピーより飲み心地が爽快で0次会に良い。



それから数日後の事、六本木や赤坂、銀座などでお店を展開する人達とご飯を食べてるといつも太陽以上に明るい人達の表情は新潟の天気より曇っていた。

ちょうど世間では先日話題になった新型ウイルスのホットスポットになってしまった豪華客船が日本に帰ってきたようでどこか遠い世界のウイルスがすぐそこまで来ている事を実感し始めていた頃だ。

3000人近くが船内に閉じ込められウイルスをなんとか抑えようとしているらしい報道を見ながらパニック映画の様だなと思っていた(そんな映画あんのかな

そんな2020年2月後半。会食で初めて出た言葉がこれだった。

『コロナの影響はどうですか?』

この先、数ヶ月に渡ってこのnoteを打ち込んでる今もなお続くHow do you do。新しい生活様式の零式。多くの業界の人が聞きたくないけど聞かないと始まらない挨拶。コロナの影響はどうですか。

初めて聞いた時に中卒の私は

は?コロナの影響?コロナが何に影響するんですか?

本当にこんな感じだった。六本木や銀座などを主戦場にしていた外食経営者達は殆ど皆インバウンドをターゲットにしておりそこが全滅しているとの事。

2月の時点で既に売上の昨対70%とかでこの先どうなる事やら...みたいな話だった。昨対70%か...そりゃ嫌にもなるよなと思い帰路につく途中でスタッフから上がってきた売上報告はいつもと変わらない数字だった。住宅街を主戦場にしている私達にとっては関係ない話だと思い自宅近所の店に寄っていつもの仲間と余計に一杯テキーラを煽った。


3月に入り相変わらずニュースはコロナウイルスばかりで対岸の火事をなんとなく眺めながら私は忙しく仕事をしていた。

年末から珍しく採用活動に力を入れてこの春から採用する予定の新規スタッフは10人近く。それに加え長い間アルバイトをしていたスタッフを数名正社員に昇格させる事になってる。その為、滅多にやらない異動や制度の見直し、鳴かず飛ばずだった個人事業が10年を経て会社になっていくのを感じる。

苦しい時から私のわがままを支えてくれてるスタッフ達はお世辞にも優秀とは言えないがとにかく健康で皆明るい。居酒屋稼業はそれで良い。立派な才能だ。

相変わらず売上も好調で金融機関も協力的。次の一手が求められているがやりたい事は決まってる。あとは色んな物を落とさないよう慎重に事を運ぶだけ。

その間の会食でもやたら飛び交う
「コロナの影響はどうですか?」

返事はいつも決まっていた
「うーん、うちは関係無いっすね」

このあたりの時期から国内感染者もグイグイ増えており新宿、渋谷、新橋、神田、あらゆる商売に強い街でもかなり苦戦を強いられてるようだった。そんな中で海外で事業を展開する人から出てきた今まで全く聞いた事のない単語が出るようになる

『ロックダウン』ってやつだ。なんでもその人が事業をしている国では医療体制が整ってなく例え軽症であっても一定数を越える患者が来たら医療が完全に崩壊すると。そうならない為に国民を完全に家を閉じ込めると。それを聞いた時はなるほど、一理あるな。と思った。しかしまぁ日本でそれやんのは無理でしょと私は鼻で笑っていたが3月の終わりに対岸の火事は私達の元までやってきた。

いつものように世田谷の居酒屋で固いウーロンハイを浴びている時に東京都で一番偉いとされてる人が都民の皆様に外出自粛を要請した。

その発言を咀嚼するとロックダウンとまではいかないものの個人店に毛が生えたような飲食店を吹き飛ばすには充分な物に仕上がっており私は一瞬でHUNTER×HUNTERのウェルフィンになりあの時の対岸の火事がやってきたと思った



それから程なくして志村けんさんがコロナウイルスで亡くなった(もちろん命の重さは平等であるが間違いなくコロナウイルスが身近な物であると強く印象付けた出来事だったと思います)

コロナほんとにヤバい...みたいな雰囲気が固まりやがて国からは緊急事態宣言なるものが発令されあれよあれよという間に日本は殆ど休止した。


私のお店はといえばそんな状況にも関わらず4月に入っても状況は変わらずそこそこの来客数があった。来客があるが故に、よくわからないまま侵略を続けるコロナウイルスの感染リスクに怯えたスタッフ全員が(本当に全員が)不安な表情をしていたのでしばらく休業にしようかという話になった。休業する事で金銭面での不安は強くあったが会社の口座には『何かあった時の為の』蓄えがいくらかあり、古いメンバーと相談した際に今がその『何か』だと思うとの事。対岸の火事だと思っていたそれはたかだか一週間で私の10年を焼き尽くした。凄いスピード感だ。

資金面の目処がつき、当面の給与の保障をし、コロナウイルスよくわかんないからとりあえず無期限休業!と決定、実行したのは緊急事態宣言の前日とかだった。けっこう早い方だったと思う。後にこの時期のSNSを見ていた業界メディア様から取材依頼がいくつかあったのですが人様に話せるような事はなく、『ただ考えるのが面倒臭くなったから休んだ』それだけだったのでお断りした。


4月も中旬に差し掛かり街の灯りが消え緊急事態宣言が全国に広がった頃には営業自粛に対する対価として税金の再分配なるアイテムが出揃ってきた。

・持続化給付金
・感染防止協力金
・雇用調整助成金
・その他助成金諸々
・家賃も補助しちゃう?(こん時はこんくらい

あの時払った税金が名前を変えて戻ってくる。戻ったお金にも課税して来年また返すんだ。国の下請けは辛い。とはいえ目先にぶら下がった飯が残飯とはいえ食わない事には生きていけないので複雑な申請を一つ一つこなしていく。出費は止まらないが入金が全くない。予定していた採用は見送り実質解雇になった。2月に昨対70%キツ〜!なんて言ってたがウチの4月の売上なんて実質0円だ。何をどうしていいか正解がわからないまま過ぎる4月を私達は走る。



暗いトンネルの出口も見えないまま走っていたら5月になっていた。休業していた社員達もテイクアウトでもやってみますかと数名の社員達が動いてくれる事になり徐々に動き始めてみようと。宙ぶらりんになってるアルバイトスタッフ達にも声かけて少しづつ...

世の中は飲食店を応援しよう!みたいな風潮と自粛疲れからか近所を散歩がてらテイクアウトくらいならと色々マインドが良い方向に動いてくれていた。おかげ様でやっても意味あるかな...と思いながら始めたテイクアウトは思いの外好評の結果になった(買ってくれた皆様、マジでめちゃくちゃ感謝してます

こうして生気を完全に失っていた休業期間を終え、テイクアウトでリハビリを開始した私達は食事を作って実際にお客様に食べでもらい美味しかったよと言われる一連の行為に改めて幸せを感じた。


通常営業からの常連さん、テイクアウト期間毎日のように買ってくれる人、遠方から足を運んでくれる人、差し入れを持ってきてくれる人、応援してくれる友人、恋人、その家族。短時間しか話せないけどオンラインとオフラインの狭間、そこには自分達の存在意義を噛み締める瞬間が確かに沢山あった。

次は通常営業だ。そう強く思いながら毎朝皆で弁当を詰め、夜はインスタライブやstandFMなんかを使って同じ境遇の同業者とMTと銘打って傷を舐め合う毎日を過ごした。

日本橋と海外を中心に居酒屋を展開する先輩が月商1億が月商500万に下がったよと笑いながら話してるのを見て格の違いを実感したのもこの頃だ。


そうこうしてるとコロナウイルスの感染者数も減り、自粛期間の緊張も緩くなってきた。世の中はいつから色々再開するかを模索するモードになってきてるなと感じた。

もうすぐ5月も終わる、よくわからない2ヶ月をそれなりに全力で過ごした自分へのご褒美だと休日を取って、一番仲の良い同業の先輩を誘って昼から呑みに出かけようと決めた。



そもそも、この日本において国から営業を自粛させる事に強制力なんていうのは実際には無く、見返りの給付金などをもらわないのであればなんら変わらない営業をしていたって構わない(お客さんが来るかは別として)

そんなスタンスを3月から一切崩さなかった店も沢山ある。

その内の1つが高円寺の『やきとり大将』だ。

高円寺の駅前を幅広く陣取り、客が来る以上は公道に椅子とテーブルを無限に増やす店こと大将。今もなぜか煙草が吸える無限城。営業再開を決意した私達にはこれ以上ないお店のセレクトだ。





駅を出て先輩と落ち合う。炎天下の中、外席に座りいつものように白ホッピーを2つ注文する。コロナ前から変わらず私達はいつもこうだ。

ホッピーと言えばジョッキ、焼酎、ホッピーの3つをキンっキンに冷やして呑む3冷というのがあるが大将ではプラコップに氷少し、常温の焼酎が注がれて常温のホッピーがセットで出てくる。



蜃気楼みたいになってるプラコップに注がれたそいつを一口呑んだ先輩は「これ日本一まずい呑み物だわ」と言って笑った。

私はそれ見て笑いながら「コロナの影響はどうですか」っていつものように話を始めた。


おわり

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