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人間モデル(社会人モデル)

社会人モデルの社会的背景

科学的管理法は、効率的な作業方法の考案や低労務費の実現など一定の成果をあげ、産業界に普及しました。その一方で労働現場からは、科学的管理法は労働者を機械化し、また労働強化をする制度があると批判されました。

また、ベルトコンベア・システムの導入により、工場内の統合的な作業が必要となり、工場内の協働が必要不可欠となりました。その状況下では、科学的管理法がうまく機能しなくなり、多くの作業員から不平・不満の増大やモラルの低下をもたらしました。

こうした状況のもと、作業の単調感や労働者の不平・不満を解消し、協働体制を構築するために、ウエスタン・エレクトリック社のホーソン工場で心理学的な実験がされました。この一連の実験をホーソン実験と呼びます。ホーソン実験の結果として明らかにされたのは、人は作業条件や賃金のみではなく、職場の人間関係や個人の心理的側面が動機づけに大きく関わっているという点です。このように、人が組織で働く要因を賃金ではなく社会的な欲求の充足に求める人間モデルを社会人モデルと言います。社会人モデルに基づいた理論は、人間関係論(Human Relations)とも呼ばれます。

ホーソン実験の経過

照明実験

ホーソン実験で最初に行われたのは、作業する際に照明の照度と作業能率の関係を調査し、作業の能率を向上させる方法を明らかにしようとする「照明実験」です。照明実験は3回に分けて行われました。

第1回目は、異なる3つの部門(検査部門、継電器設立部門、コイル巻部門)を選び、各部門の照明の明るさを一律に増大させるというものでした。その結果、各部門の生産性の変化に統一性はなく、照明の明るさとの関連が見られませんでした。

第2回目は、コイル部門のみで行われました。照明の明るさを一定にするグループと明るさを変化するグループの二つに分け、両グループで生産高を比較することで照明の明るさと生産性の関連の分析するものでした。この実験の結果はどちらのグループは、どちらでも生産性の増大が見られました。

第3回目では、テスト・グループの照度を徐々に減少させるというものでした。この結果でも生産性は増大することが分かり、照明の明るさ以外の要因が別の要因があることが分かりました。

継電器設立部門作業実験室の調査

照明実験では、将来の明るさは作業効率に影響していないことが明らかになりました。そこで、照明以外の何らかの作業条件が能率に影響を及ぼしているものと考えられ、その要因を探る調査が行われました。ここでは、作業能率に影響を与える要因として、作業時間、休憩時間や労働日数との関係性が調査されました。

継電器(relay)とは、電流によって電磁石を作動させて接点を閉じたり開いたりさせるスイッチのことで、継電器組立作業というのは、コイルやバネ、絶縁体など35個の部品を4つのネジで締め付けて継電器を組み立てる作業です。この実験の調査は、作業時間、休憩時間、労働日数や、軽食やコーヒーの支給など、あらゆる作業条件の組み合わせを生産高の関係を分析するため、合計13期にわかって実施されました。作業員は実験室で室温や温度などの物理的な作業条件を統制され、それぞれの睡眠時間や食事の内容なども記録されました。

この実験室調査の結果、物理的な作業条件と作業能率には因果関係が認められませんでした。作業条件をさまざまなに変化させても、改善・改悪のどちらの変化の内容に関わりなく生産高を増大しました。そこで、作業条件以外の何らかの要因が彼女らに影響し、生産高が高まったものと考えられ、いくつかの仮説が検討されました。

雲母はぎ作業集団実験室の調査

これまでの調査で、作業条件の変更や集団出来高払い制の導入などは作業能率に影響していないことが明らかになりました。そこで、通常の職場と実験室で作業の監督方法が異なったことが注目されました。様々な実験記録を分析した結果、実験室の状況と監督方法とには次のような特徴があることが分かりました。

・6人の女性工員の選定では、最初に2人を選び、残りの4名は彼女たちが選んでいた。このことが、作業中、常に友好的な人間関係を維持することに役立った。
・女性工員たちが親密な関係を保っていたことから、誰かが疲れるなど何らかの理由で作業が遅れそうになっても、他の工員が作業速度を上げて作業の低下分を補っていた。
・実験に際して、会社から内容を説明された上で依頼を受けていたが、この経験により、自分たちは会社を代表して重要な問題解決に協力しているという誇りが芽生えた。
・実験中、作業条件を変更する際はその目的を説明されて意見を求めていたが、同意しない作業条件について拒否することができ、このことも彼女らに自分の仕事の価値が認められたという印象を強めさせ、責任感を生じさせた。
・実験室では、実験を記録する観察者が存在するものの、作業の指示を出す監督者は不在だった。

以上の特徴が検討された結果、実験室での作業能率の増進は、物理的作業条件ではなく女性工員の精神的態度や感情の変化に起因するという結論が導かれました。

面接調査

実験の次なる課題は、通常の職場で実施されている監督の実態と、それに対する作業員の精神的強度や感情を調査することでした。それらを明らかにするためにホーソン工場の2万人以上の作業員と監督者に面接調査を行い、以下のようなことが明らかになりました。

・作業員の行動は彼らの感情と深く結びついている
・作業員の感情は時に偽装され、真実が掴みにくい
・感情表現は、その作業員の置かれている全体状況に照らして理解できる

この全体状況とは、個人の持つ過去の経歴や経験を通じて自分の職場に抱く感情と、職場における同僚や上司との社会的な交際関係とされています。これらの結論から、作業員の一人一人が精神態度や感情と共にあり、その精神態度や感情は社会的集団との作用を通じて形成されることを意味しています。この結果に、人は経済的に動機づけられて意思決定するという経済人モデルに誤りがあるとされました。

バンク配線観察室の調査

バンク配線作業とは、電話交換機の端末機である端子台を組み立てる作業のことで、ここでは、14名の熟練男性工員が作業を行っていました。ここでの基本給は、総生産高に応じて賃金が支払われる仕組みになっていましたが、作業員たちは総生産高を上げることに関心を示さず、むしろ生産高を一定に保とうとしていることが分かりました。

そこで、研究者グループは集団行動を制限している仕組みについて探ろうとしました。ここでは、二つの派閥(clipue)が形成されていることが明らかになりました。こうした公式な組織とは別の小集団を非公式組織(Informal organization)と言います。さらに、この二つの派閥では、以下の共通認識や行動規範を持っていることが分かりました。

・働きすぎてはいけない。働きすぎは「賃率破り」であり、より多くの作業ができることがわかれば、標準作業量を増やされる恐れがある。
・怠けすぎてはいけない。集団的出来高払い賃金の下では、仕事もしないで割高の賃金を得ることになる。
・仲間と誰かが迷惑することを監督者に話すといったような裏切り行為はしてはならない。

彼らは派閥メンバーであるためには、これらの行動規範に従わなければならず、もし従わなかった場合には軽蔑の言葉が投げかけられるなどの圧力がかかりました。以上の調査の結果、公式の作業組織の内部には非公式組織が形成され、非公式組織の行動規範が個々人の作業者の行動を規制していることが発見されました。

テイラーが念頭に置いていたような経済的な刺激によって動機づけられる「経済人モデル」とは異なり、社会的集団の中の非論理的な感情の論理によって動機づけられて意思決定する人間モデルは「社会人モデル」と呼ばれ、注目されるようになったのです。

社会人モデルに基づく人的資源管理

ホーソン実験を通じて、人は組織の中で仲間意識や連帯感を求めて働き、非論理的な感情によって動かされる存在であるということが分かりました。こうした社会人モデルを基礎として、職場における人間関係に配慮しながら従業員を動機づけるための様々な人的資源管理制度が考案されるようになりました。

・モラールサーベイ(従業員態度調査)
これはホーソン実験の中で行われた「面接調査」を端に発しており、従業員の精神的態度や感情、勤労意欲、作業条件に対する関心・意見・欲求・従速度などを調査するものです。これにより従業員の不満を解消し、職場内のコミュニケーションを深めると共に人間関係を改善することで作業能率促進を図るものです。

・提案制度
改善提案制度とも呼ばれ、従業員に業務上の改善などを提案させて職場や組織への参画意識を高めることを目的とした制度です。この制度は、作業条件や作業方法の改善や、精神開発や管理方式に関するアイディアを従業員に提案させ、提案委員会などで評価し優れた案は採用または表彰されるというもので、重要なのは、改善そのものよりも提案するプロセスを通じて従業員の意識改革やモチベーション向上をおこさせることです。従業員が提案しやすい工夫も重要ですし、個人ではなく、改善活動やQCサークルのようなグループ単位での提案も推奨されています。

・職場懇親会
朝礼や終礼、ミーティングなど、定期的に職場とのコミュニケーションの機会を持つ制度です。そこでは、組織目標の具体化や達成目標の周知徹底や個人目標の確認が行われます。職場懇親会を効果的に行うためには、上司が一方的に話すようなトップダウン方式ではなく、職場のメンバーが自由に意見や不満を表明できるようなコミュニケーションが求められます。

現在日本企業でもホーソン実験で明らかにされた人間関係論に端を発しているものも少なくありません。組織で働く人は、賃金のような経済的刺激のみではなく、帰属意識や連帯感、仲間意識を求めているということが明らかになりました。非公式組織をうまく活用することで作業能率を増大させることが企業経営に期待されていることなのです。

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