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『高瀬ヤスジ』とは何者か?(ワーク編)

Hello, culture!

文化祭実行委員会で、こんな指摘がありまして。

...そりゃそうだ!

確かに、得体の知れん誰かのはじめた企画に、知らずに飛び込むのは勇気がいりますよね...

ということで、今更ではありますが、自己紹介をさせていただきたいと思います!

私、『高瀬康次』と書いて「たかせやすじ」と読みます。

よく「こうじ」と読まれるので、最近ではわかりやすく『高瀬ヤスジ』と表記しています。

1979年(昭和54年)7月14日、横浜(の山の方)生まれの横浜(の山の方)育ちという、生粋の浜(の山の方)っ子です。

現在は、旧東海道にあり、江戸に最も近い宿場町であった『品川宿』に由来する、北品川という下町に住んでおります。

以降、ちょっと情報量が多いので『ワーク編』『カルチャー編』『コミュニティ編』の3回にわけてお届けしたいと思います。

今回はワーク編です。

神童と呼ばれた幼少期、言うほど天才ではなかったけれども評判だけはよかった優等生な中学時代、そして一転ドロップアウトした高校時代、なし崩し的に4年ほど過ごしたフリーター時代を経て、なんとか社会人になれました。

当初はずっと営業でした。

ごりっごりの体育会系な不動産会社にはじまり、某車載用品の首都圏ラウンダーを経て、広告代理店へ。

その後、モバイルサービスの運営を主としていたITベンチャーに入社し、Webディレクターになりました。

1年半の後、会社の業績悪化にともない解雇され、半年ほど紆余曲折した後、フリーランスのWebディレクターとして独立。

当初3年ほどはのらりくらりと仕事をしていたものの、30歳ころに仕事がなくなったことを機に心を入れ替える。

その後、睡眠が3日おきになるほど仕事をしたり、合間に業界団体を設立したり、あちこちで講演をしたり、書籍を著したりなどなどなど、かつてないほど精力的に活動。

3年ほど前に企業ブランディング(企業カルチャーの醸成)に目覚め、Webディレクターとしての仕事を徐々に減らし、現在では、企業ブランディングのみを生業としています。

と、ここまでの話を要約すると、下記のようになります。

高瀬の公式プロフィールです。

1979年生まれ。
2000年頃にWeb制作の技術を独学で習得し、個人で制作を受託するなどして活動。
その後、不動産と広告の業界で営業職を経験し、2006年にWebディレクターに転身。
2008年に独立し、デジタルマーケティングオフィスDCHSを設立。
2013年より、日本ディレクション協会の設立に参画し、広報部長、デジタルマーケティング推進室長を歴任。
2014年より株式会社ビットエーに所属し、主に大規模サービスの制作・運用ディレクションを担当。
2016年より広報、採用、育成を統括するブランド戦略室を立ち上げ、室長に就任。
現在は企業ブランディングを専門に活動中。

うん、とっても偉そうだw

おかげさまで、仕事としては、ぎりっぎり年相応の実績は残せているのかなと思っております。

もちろん、上を見ればキリはないですし、まったく満足はしておりませんので、これからも頑張っていく所存ではあります。

一方で、独身貴族の趣味人である高瀬は、仕事以外のところでも益々ハリキリたいと思っています。

というわけで、次回は高瀬の趣味を中心とした『カルチャー編』をお届けしたいと思います。


【告知】
現在、『大人の文化祭(仮称)』というイベントを企画しています!
いい歳した大人たちが集い、恥も外聞も大人気もかなぐり捨てて、よってたかって「本気でやりたいことを楽しむ」、そんなイベントを目指しています。
実行委員会のメンバーとして、一緒に文化祭を楽しんでくれる人を募集しています。
すこしでも興味をもっていただけましたら、ぜひぜひご参加くださいませ。
くわしくは 『大人の文化祭(仮称)』まとめ をご覧ください!

えんいー

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高瀬ヤスジ

プロジェクトをマネジメントしたり、ブランディングをマネジメントしたり、工夫を集めた同人誌をつくったり、商店街のイベントで手品したり、日本史(特に幕末)オタクだったり、吉田松陰をリスペクトしてたり。

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