OHAYOU

ひたすら夜を追いながら徐々に下降していく。

一応、防御機構は機能しているからこの中は問題ないが計算が狂って離れた場所に降りてしまったら歩くのが面倒だ。機器類は普段の活動圏内なら寸分の狂いもないのだけどこの辺りまで来ると動作が怪しくなり、正確な着陸には少々難が出てくる。

ディメノグラフを使って目視と合わせて再計算する必要があるけど、これがなかなか集中力を要する。それでもなんとかまずまずの場所に降りることができた。急ぐ必要はない。宿舎も視認できる。

この星から見える「月」ギンカデロンの光は一定の視界を確保してくれるので歩くのには困らない。自分にとってその月は太陽のようなものだ。
うーん、じゃあその月を照らしているものは何だというのか。まあいい。

宿舎の外観は小さな丸太小屋といった風情で、この地の木材で作られている。着陸場所は草原だが宿舎から先は森林で、そこから伐り出したんだろう。
風景は我らの第14地球とそうかわらない。宿舎は一人の人間が生活する分には一通りのものが揃っており、貯蔵庫も不足がない。補給部門がちゃんと仕事をしているのだ。とはいえ、彼らもあまりここには来たがらないようだ。

他によくわからない計器類がいくつか置いてある。かつてはそれらを使う仕事があったのだろうけどもう使われなくなって大分経つようだ。私にはそれらが何をする為のものなのかさっぱりわからない。

パンに焼いたベーコン(厚切り)と目玉焼きを乗せて食べ食後にコーヒーを淹れた。コーヒーを飲みながらディメノグラフで時間を計ると第14地球時間であと35時間といったところだ。つまり第1地球時間に換算するとだね、ディメノグラフを使いまして…うん、あと35時間ということだ。

とりあえず仕事を済ませるか。

準備を済ませ宿舎の裏口から外に出た。目の前の森の奥へ細い一本の道が伸びている。さすがに夜の森はギンカデロンの光も弱く暗いがそれでもなんとかこの道を第14地球時間で10分程歩くと到着した。

桟橋。そして船。そして、巨大湖。

私の仕事はこうだ。
このちっぽけな調査船にたったひとり乗り込み、巨大湖の沖へ出て、各種計器を使って湖中の調査をする。基本的には水質調査や探知機での反応を確認したり…まあ、そのあれだ…つまり、超巨大な古代魚がいるらしいからそれを探すというわけだ。

見つけるまで帰れないというわけではなく、決められた時間必要な調査をしたらここを離れる。次回は別の担当者になることもあるし、続けて私の場合もある。この辺りはよくわからない。
別の担当者が別の星で超巨大な鳥かなにかを探してる途中、そいつに喰われてしまい順番が早まったなんてことがあるのかもしれない。

そんなこんなで、既定の調査を済ませた。機器の狂いでおおまかな調査しかできないのだが。
ここまで15時間は使ったか。いつもなら宿舎へ帰るところだが、今回はちょっと時間がある。

あと20時間。
季節的なものか、今は夜が大分長いようだ。
そう、夜明けまであと20時間あるのだ。

この星はただ一点を除いて我が第14地球と殆ど変わらないといっていい環境で、それはつまり第1地球とも同様ということになる。生態系も似たようなものだ。
問題のその一点とはこの星の主たる恒星デロニウが放つ光線のうちのひとつが我々人類にとって圧倒的に有害なのだ。そして人類以外の生物にはまったく害を成さない。人類のみを拒否する光線だ。人類が浴びると、遺伝子よりも遥かに極小のレベルで不規則な配列変化が云々…ということが「ギンカデロンとデロニウ」に書いてあった。
にもかかわらずその光線自体はそれほど強くなく、夜になるとまったく届かなくなる。

だったら簡単な対策を取ればいいのではないかということになるが
もはや、我々にとってこのような「ちょっとだけ厄介な場所」は優先度がかなり下だ。他の有用な調査対象が多すぎるのだ。かつては有用とされ改造が盛んだったノーナンバーの亜地球ですら、もうかなりの数が廃棄されている。

でまあ、それで私のような下っ端がたったひとりでこいうところに来ることになるのだが、ここが調査対象外とならないは、その光線と例の巨大魚、そして機器類が狂う原因との関係性らしい。

光りの強さと機器の狂いは比例する。これは単純に光線を遮断しても人体への影響と違って効果が薄いようだ。デロニウに近づく程、あらゆる調査が難しくなる。詳しいことはわからないが、存在するとされる巨大魚のデータを取れれば、この辺りの星系そのものの解明に役立つ可能性があるとのことだ。
そう聞くとなかなか意義のある調査にも思えるが、前述の優先度の問題で力は入れられていない。
鋼河帝が帰ってきたなんて噂もあるし、そうなれば大戦に備えての開発競争が激化して、こんな調査の類はますます優先度は下がるだろう。碧呂姫も大分力をつけたという話もあるが大戦を抑止できるかは未知数だ。

あと19時間。

船室であれこれ考えながらも、頻りに視界に入るものがある。
潜水服だ。

船内の殆どの機器類の操作は一人で行えるようになっている。サポート技術も万全だ。潜水も例外ではない。だが、潜水による調査は作業義務に含まれていない。万が一事故でも起こったら厄介ということだろう。

この潜水服は一度でも使われたことがあるのだろうか?
私は暫くの間、潜水服を見つめていた。

「うん、潜ろう」

私はちいさく呟いた。気まぐれといえばそれまでだが、あれこれ世界について考えていたら自分の状況の退屈さがやけに耐え難く思えてきたのだ。

「潜るよ?」

またひとりで呟いた。止めるやつなんていない。止めて欲しくて言ってるわけでもない。むしろそれは「退屈」に対しての宣戦布告だ。

かくして私は潜水服を着て、潜水を始めた。この湖、沖では未だに湖底が確認できていない。調べようにも計器の狂いもあるし、単純に相当に深いというのもある。

命綱と空気を送り込むチューブにぶら下がって徐々に降りていく。

暗い。いや暗いというより、黒だ。黒にかこまれている。

ライトをつけても、どこまで光がのびているのかわからない。

自分の目の前だけが明るくても、すぐまわりは黒の世界だ。

夜釣りの餌はこんな気分だろうか。

まあでも巨大魚はこんなまずそうなものに反応すらしないだろうな。

潜水服の頭部の内側に着けれらた潜水用のディメノグラフは確実に下降していることを教えてくれている。

ディメノグラフは例の光線の影響を受けない。

だったら全部ディメノグラフで機器を作ればいいじゃないかなんて誰かに言ったことがあったな。

ディメノグラフは単純な構造が故に光線の影響を受けないのであって、あまり複雑なことは出来ないというのが誰かの返答だ。

私にとってはディメノグラフすら相当に複雑な機器に見えるけど。

うーん。深度は下がっていってるけど、下がっていってる気がしないな。

船はすぐ上にあるんじゃないか?

そういえば、潜って何をするんだ?

巨大魚がいたとして、どうするんだ?

そもそもこの黒の世界で見えるのか?

光線はここまで届くだろうか。

そうか私も黒と同化してしまえばいい。

落ちている?いや浮いている。

眠い…いや、もうさっきから寝ている。

じゃあ夢?

いや…ずっと起きてるよ。

あれは…光?

丸い…

ちいさな…ひかり…

私は気付くと湖面に浮かんでいた。意識がはっきりしない。朦朧としながら船へ這い上がった。私の意思で戻ったのだろうか。安全装置が発動したのだろうか。よくわらない。

夜明けまであと2時間を切っていた。

宿舎まで戻り、支度を整え、フラフラしながら宇宙船に乗り込んだ。
地平線は僅かだが白んでいる。もうすぐ朝だ。
そろそろ朝から逃げなくてはいけない。

「あぁ、おーはようございまぁす」
軌道に乗った宇宙船の中でムニャムニャ呟き、座席で眠りについた。

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