NHKスペシャル『東京裁判』

東京裁判のために招集された11人の判事の議論や思惑を通して「正義とは何か」「戦争(それを引き起こしたとされる個人)は裁けるか」という問題に迫った作品。

ドラマは、オランダの判事レーリンクを実質的な主人公に据えて進行していく。11人の判事の中で最も若い。インドのパール判事の影響を受け立場を変容させていくレーリンクが主要人物に据えられることで、この裁判自体が抱えた矛盾や、判事らの葛藤が明瞭に示されていたように思う。裁判の場面やニュース映像は実際のものを用いている。各話の終わりに、ドラマパートとは別に補足的な情報が伝えられるのも、裁判を多角的な視点から捉えるための一助となっている。全体を通してすごく親切な設計で、判事たちは初登場から最後まで、登場するたびに画面下部に名前と国が表示されるため、事前知識がなくとも全体の経緯の把握がしやすかった。

このドラマを鑑賞して生じた疑問点は以下の3点だった。すでに歴史的な議論が散々重ねられた問題だと思うが、自分の考えをまとめるという意味でも、簡単に疑問点の羅列とそれに対する所感をまとめておきたい。

東京裁判に対する3つの疑問

①戦勝国側が負けた国を裁くという構造自体が、妥当性を欠いたものになっているのではないか。
②事後法にあたる「平和に対する罪(侵略行為に関する罪)」を導入して、裁判が複雑化する道を選択したのはなぜか。
③戦後日本の国体を維持するために天皇という存在を利用せざるを得ない米国側の都合が、裁判の場にも浸透していたのではないか。

①については、ニュルンベルク裁判から現在に至るまで根強い批判があるようで、ニュルンベルク裁判をWikipediaで調べるだけでも「戦勝者による裁判の中立性」という章立てでこの問題がまとめられているのを見つけることができる。そもそも東京裁判にインドのパール判事が参加していたのも、ニュルンベルク裁判の反省からより中立的な立場の判事を招集する(少なくともそのポーズをとる)意図があったとのことだった。
 裁判の冒頭においても、そもそも第二次大戦の一因であるソ連のポーランド侵攻、またはトルーマンによる原子爆弾の投下など、戦勝国側の戦争責任が全くの不問に付されている背景を受けて、弁護団から裁判自体の妥当性に対する疑義が提出されている。「腕っぷしの強い者は罪に問われない」という戦後裁判特有の歪さは、②以降の疑問点とも密接にリンクしているように思われる。 

 ②については、ナチスドイツという歴史的例外に適切な処罰を与え、それに続く存在が以後二度と出現しないための抑止力とすることを目的として「平和に対する罪」が創出されたのであろう、という事情までは理解できたが、それが「通例の戦争犯罪」を裁くという位置付けではいけなかったのかという疑問は残った。(パール判事が述べていたように)通例の戦争犯罪(既存の国際法違反)といった形で戦争重罪人を罰し、侵略戦争に関する法整備を時間をかけて行った方が、より良い形の国際法の成熟に繋がったのではないかと思う。判事が11人いた(多数派の他に、パール判事やレーリンク判事、フランスのベルナール判事らの反対意見があった)ことによって、東京裁判における議論が深まりを見せている様が描かれているものの、その点に関しては(ドラマの出来ではなく、事実に対して)消化不良の感が残った。しかし、仮にパール判事が訴えていた全員無罪という結論が受け入れられていたとして、その結論が本人の意図とは全く異なる意図や意味合いを帯びて同時代や後世に伝わってしまう様を考えると、「第二のナチスを生まない」といったニュルンベルク裁判からの意図が全くの無意味に帰してしまう感じもあり、難しすぎて悶絶してしまった。

 また②に関連して、ドラマを鑑賞するにつれ「そもそも戦争の罪を個人に問うことは可能なのか」という疑問が大きくなっていくのを感じた。自分が思うに、歴史とは限りなく大きく、そして複雑な濁流のようなもので、一個人にその河がどのように流れ、どの海に通じているのかという想像をするには限界がある。また、仮にその河の全容が想像できたとして、それをどのようにして堰き止めることができたのだろうか。自分にはわからない。
 ①で触れた「勝てば責任や罪は不問」という状況下で、真に倫理的な行動を取るのは難しい。ここでは「倫理的」という言葉の定義は事後的に決定されるため、戦争中に定義不能の「倫理」に則ることは不可能なように感じられる。また同じ理由で、進行中の戦争(またはその処理)について、外部の人間が倫理的な是非を下すことも難しい。だからこそ、国際社会の成熟を待って国際法の整備を行うべきとしたパール判事の判断が、現在においても普遍的な価値をもつと感じられた。

 ③について、本ドラマの作中にも東條英機の天皇陛下に関する証言が裁判において波紋を呼ぶ場面がある。しかし、また別の機会の証言において、東條は以下のように天皇の戦争責任を否定している。

ご意思に反したかも知れぬが、わが内閣及び軍統帥部の進言により、渋々同意なさったのが本当であろう。そのご意思は開戦の詔勅の『止ムヲ得サル事朕カ志シナラス』のお言葉で明白である。これは陛下の特別な思し召しで、我が内閣の責任に於いて入れた言葉である。陛下は最期の一瞬まで、和平を望んでおられた。この戦争の責任は、私一人にあるのであって、天皇陛下はじめ、他の者に一切の責任はない。今私が言うた責任と言うのは、国内に対する敗戦の責任を言うのであって、対外的に、なんら間違った事はしていない。戦争は相手がある事であり、相手国の行為も審理の対象としなければならない。この裁判は、勝った者の、負けた者への報復と言うほかはない

 東條英機のこの言葉によって天皇が戦争責任を免れるのであれば、歴史という大きな流れによって開戦を“渋々“決断した戦犯者たちも、主体的な意思決定を行なっていないものと解釈する余地がありそうだが、このあたりの問題はどうなっているのかが気になる。アメリカにとって天皇は、戦後日本の瓦解を防ぐために崩すことのできぬ柱(また、民衆の反米感情を和らげるための緩衝材)であり、その責任への追求の手を厳しいものにさせない政治的配慮が弁護側・検察側の双方にあったことは想像に難くない。
 しかし「渋々同意した」から「一切の責任がない」といった論理の展開によってこそ、日本の東南アジア諸地域に対する「解放」が実行可能になったことへの反省も為されなくてはならない。日本軍は、欧米諸国に植民地化された東南アジア諸国のために必要に迫られて立ち上がったのだ、という論理は、先ほどの“渋々同意した”という論理の同一直線上にあるように感じられる。しかしこの辺りの議論が一種の言葉遊びと化し、裁判の無益な長期化につながることを思えば、東京裁判がその手の問題を退けるという妥協点を見出したことに一定の理解はできる。

しかし、ウェブ裁判長が以下のような意見書を提出していたこと、フランスのベルナール判事が天皇が被告でない限りはその他の被告も裁くべきではないという意見書を提出したという件も相まって、今回のドラマでは一角しか描かれなかった昭和天皇の戦争責任に関する議論に関しても関心が湧いた。

一、天皇の権威は、天皇が戦争を終結された時、疑問の余地が無いほど証明されている。(略)
一、天皇が裁判を免除された事は、国際軍事法廷が刑を宣告するに当たって、当然配慮すべきことだったと私は考える。
一、天皇は常に周囲の進言に基づいて行動しなければならなかったという意見は、証拠に反するか、またかりにそうであっても天皇の責任は軽減されるものではない。
一、私は天皇が処刑されるべきであったというのではない。これは私の管轄外であり、天皇が裁判を免れた事は、疑いも無く全ての連合国の最善の利益に基づいて決定されたのである。

 総じて、ニュルンベルク裁判と東京裁判が、厳格な法の適用によって判決を下すという理想の実現に頓挫しつつ、様々な政治的思惑と配慮の影響によって歪な形態をとらざるを得なかったことがよく分かるドラマで、大変勉強になった。

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