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クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』

クリストファー・ノーランの長編12作目。率直な感想として、ノーランが人間という存在の抱えた矛盾や複雑さの描写に挑み、またそれに耐えうる形で一つの作品を完結させていたということにある種の感慨を感じた。 これまでのノーラン作品は“時間”をシャッフル・並行・深化させていくことで、映画というメディア独自の表現を模索していたように思われたが、それはある意味で表層的なレベルのトリックに留まっていたように思う。『メメント』や『プレステージ』『インセプション』『テネット』といった娯楽作にお

    • 三宅唱『夜明けのすべて』

      三宅唱の長編作品としては8作目。原作は瀬尾まいこの同名小説。あらすじは以下の通り。 藤沢と山添について 『ケイコ 目を澄ませて』において、ケイコという女性がボクシングを通じて様々な葛藤と“格闘“する様子が描かれたのに対し、『夜明けのすべて』においてはそれぞれPMSとパニック障害という生活上の困難を抱える二人が主人公に据えられた。下に引用したインタビューで述べられている通り、本作で藤沢と山添は常に並列した関係でカメラに捉えられる。 例外となるのは、パニック障害の発作が起き

      • ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』

        賞レースを席巻中の話題作。オスカーの主演女優賞はリリー・グラッドストーンとエマストーンのどちらが獲るんだろう。寡黙な演技の前者と身振り含め多弁な演技の後者のどちらを賞に相応しいとみるかはもはや好みの問題だし、芥川賞よろしく二名同時受賞でも誰も文句言わないと思うくらい良い演技だった。 原作にみられた「アラスター・グレイが拾った手記を編集している」多層的な語りの構造は、ベラに内的焦点化された目線で統一された語り口に翻案され、かなりストーリーを掴みやすくなっている。基本的にはベラ

        • ビクトル・エリセ『瞳をとじて』

           エリセは本作品のテーマを「アイデンティティと記憶」と表現しつつ、自身のフィルモグラフィや映画史に対する目配せ(その対象はリュミエール、ジョン・ウェイン、ドライヤーなど多岐にわたる)を映画内に散りばめている。映画監督ミゲルが過去のフィルムの中に自身(または友人)のアイデンティティを見出そうとするように、エリセ自身も本作品において自己の作風を再確認しているような手つきが感じられる。この映画においてそうした目配せや過去作への自己言及は、前述の2つのテーマに絡み合う形で、非常に巧み

        クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』

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          バス・ドゥヴォス『ゴースト・トロピック』

          終電車の中で眠ってしまった女性(ハディージャ)が徒歩で自宅に帰る一夜を描いたベルギー映画。この映画を観ていて、自分自身が終電を寝過ごして終点まで行ってしまった過去と、寒さを感じながらもう二度と通らないかもしれない道を進んでいく時の不安と高揚と解放感をない混ぜにしたような、不思議な感覚を思い出した。 この映画は一人の女性の日常に突如出現した冒険譚としても(そのチャーミングさ、愛嬌に溢れた描写の連続において)優れている。また、ブリュッセルという都市が持つ文化/歴史的背景を踏まえ

          バス・ドゥヴォス『ゴースト・トロピック』

          ジョナサン・デミ『ストップ・メイキング・センス』

          都市生活で擦り切れそうな神経症者としてのバーンの詩と痙攣するようなダンス。身悶えするようなカッティングと反復するグルーヴ。これをIMAXの迫力で見せられたら座席でじっとしてるのはマジで無理だった。途中で「みんなで踊った方がよくね?」と真剣に思ったし、誰も言わないなら俺が仕切ろうか?みたいなことまで考えた。この映画をこんなにみんなで静かに観ている状況は、何らかの罪にあたるのではないかと不安になった。 驚くべき鮮明さでメンバーの表情の機微や各楽器の音色が捉えられていて、レストア

          ジョナサン・デミ『ストップ・メイキング・センス』

          エドワード・ヤンの恋愛時代

          エドワード・ヤンの長編5作目。『牯嶺街少年殺人事件』の次作にあたる。序盤は前作との作風変化に面食らったが、中盤以降で開示されていく作品のテーマは根本的に前作以前や以後と通底している。『牯嶺街少年殺人事件』と『ヤンヤン 夏の想い出』を繋ぐ結節点としてこの作品を捉えることで、エドワード・ヤンという作家をより深く理解できるのではと思えた。 牯嶺街少年殺人事件が、一人の少年が凶行に至るまでを描いた闇の青春群像劇であるとするならば、今作は街の若者たちの恋愛を描いた光の青春群像劇で、役

          エドワード・ヤンの恋愛時代

          NHKスペシャル『東京裁判』

          東京裁判のために招集された11人の判事の議論や思惑を通して「正義とは何か」「戦争(それを引き起こしたとされる個人)は裁けるか」という問題に迫った作品。 ドラマは、オランダの判事レーリンクを実質的な主人公に据えて進行していく。11人の判事の中で最も若い。インドのパール判事の影響を受け立場を変容させていくレーリンクが主要人物に据えられることで、この裁判自体が抱えた矛盾や、判事らの葛藤が明瞭に示されていたように思う。裁判の場面やニュース映像は実際のものを用いている。各話の終わりに

          NHKスペシャル『東京裁判』

          2022年によく聴いた音楽

          10.Wilco『Cruel Country』 Wilcoというバンドは、カントリーミュージックの継承と解体の狭間を彷徨し、その豊かな音楽性を醸成してきた。最新作の『Cruel Country』という題には、ele-kingのレビューで木津毅さんが指摘しているように、「カントリー・ミュージック」と「国家(としてのアメリカ)」の二つの意味が籠められているのであろう。活動歴の長いバンドが腰を据え、これまで中心に据えてきた二つの問題に(多大なる愛憎を込めて)立ち返ろうとした本作に

          2022年によく聴いた音楽

          シャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」

          6年前に夫を失い、16歳になる息子と二人暮らしをしている女性の3日間を3時間21分かけて描いた映画。劇伴は一切ないが、延々と反復して続けられる家事の音が、いつの間にか一つのリズムを作り、長尺の映画の間延びを防いでいる。映画の大半を家(買い物に出る時は外)を動き回る主婦を定点的に映すカットが占めるが、主婦が部屋を出る時に部屋の電灯を消す音、そして一気に灯りを失う画面全体が、映画にハッとさせるような抑揚をもたらしている。固定されたカメラによる定点撮影の連続は、ドキュメンタリーのよ

          シャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」

          アルバカーキ・サーガ終幕に寄せて

          『Breaking Bad』の放映開始から14年、『Better Call Saul』の放送終了によって、アルバカーキサーガは大団円を迎えた。  思えばこのサーガを観る体験を通じて、人間という存在がいかに弱く、いかに複雑で、いかに理解しがたいものであるかを、徹底的に突きつけられたように思う。このサーガを見る前の自分と見た後の自分自身は全く違う存在へと引き裂かれてしまった。このような、一聞すると大袈裟な思いを抱くファンは世界中に数えきれないほど存在するはずだ。それほどにこのド

          アルバカーキ・サーガ終幕に寄せて

          2021年に買ってよかったモノ

          LDKWARE / やわらか湯たんぽクロッツという企業が生産している「やわらか湯たんぽ」を、ほぼ日が運営するアパレルブランドLDKWAREが別注した商品。元のデザインがかなり強めの色なので、部屋に馴染むこのデザインは助かる。ウェットスーツに用いられるクロロプレンゴムに、ナイロンジャージ素材を貼った素材で作られている(らしい)。カバーなしでお湯を注げば即使える手軽さと柔らかい感触に、今までの湯たんぽとの歴然たる差を感じる。湯を注ぐための漏斗も付属しており、これも抜群に使いやすい

          2021年に買ってよかったモノ

          濱口竜介『天国はまだ遠い』

          『偶然と想像』公開を記念した“短編映画を短編たらしめる“というトークイベントに伴って、濱口竜介が2016年に制作した「天国はまだ遠い」が公開されている。昨年ごろにVimeoで無料公開されて以来の再鑑賞。以下あらすじ。 雄三の仕事がAVのモザイク付けであるという点。「見えるもの」を「見えないもの」へと変換する。 通り魔によって理不尽に命を奪われる存在を三月と名づける。東日本大震災の暗示。 三月と雄三のダンス。限りなく接近するものの、接触が不可能な他者であることの示唆。

          濱口竜介『天国はまだ遠い』

          2021年によく聞いた音楽

          25. Kraus「View No Country」サウンドの軸がリズム隊寄りに設定されている骨太なサウンドは、かつてのMy Vitriolを彷彿とさせる。DIIV『Deceiver』をよりシューゲイズ方面に寄せたような印象も受ける(歌のメロディにもかなり近いエッセンス)。ベースの音が締まって聞こえるシューゲイザーは良い。上方で鳴っているノイズの質感もかなり良く、あらゆるシューゲイザー好きの琴線に触れるであろう隙のない一枚。 24. ミツメ「Ⅵ」前作から一転したバンドサウン

          2021年によく聞いた音楽

          濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』

          「寝ても覚めても」に続く、濱口竜介の商業映画2作目。「親密さ」「ハッピーアワー」が人生ベスト級に好きな映画であるため、この作品の公開を心待ちにしていた。本作の骨組みは村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(『女のいない男たち』所収)である。また『女のいない男たち』に収められた「シェエラザード」に登場する主婦の設定が家福の妻である音の設定に、「木野」で妻の浮気を目撃する男の設定がそのまま家福の人物設定に用いられている。  本記事では、濱口竜介のフィルモグラフィに共通する関心、村上春

          濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』

          濱口竜介『PASSION』

          2008年発表。東京藝大映像研究科修了作品の長篇 。 結婚を控えたカップル(智也と果歩)を中心として、同世代の男女六人の恋愛感情のもつれを描いた群像劇。実質的なデビュー作でありながら、今後の濱口作品の主題(暴力と愛情の境界,「私ではないあなたを私はいかに理解しうるか」という問い)が提示されている。人間はどこまで他者と接近しうるのか、人を愛する/人に愛されるということはある意味で暴力ではないのか。それらの問いへの答えを模索するように、六人の男女は接近と離反を繰り返す。 静止

          濱口竜介『PASSION』