「やまねこ」~中島みゆき(1986年)

 中島みゆきは、聴く年代によって大きく印象が異なるアーティストだと思う。

 デビュー当初から聴いているファンからすると「失恋女王」と思う人が多いと思うし(それ故にオールナイトニッポンとのギャップが楽しかったww)、「ファイト」「空と君のあいだに 」「ヘッドライト・テールライト」のような応援ソングで心弱き君に寄り添ってくれるジャンヌ・ダルクのようなイメージを持つ人もいると思う。「糸」に代表されるような2人の愛のつながりを歌い上げる曲が好きな人もいるだろう。

 私は若い頃、ラジオやテレビで聴いた曲で自分が好きだと思ったものはLP(アルバム)を買ったり借りたりして聴くことが多かった。

 初期のみゆきさんのヒット曲の多くは「失恋ソング」が占めていて、「暗い歌詞・曲を歌う人」だった。中でもアルバム「生きていてもいいですか」は「うらみ・ます」という曲で始まり、「100億粒の灰になってもわたし 帰り支度をし続ける」という怨念に近い望郷を歌う「異国」で終わるという内容で、聴き終わってしばらくの間グッタリするほどの重さを感じた。
 ちなみに当時は、みゆきさんとライバルと言われていた山崎ハコが「人間まがい」というアルバムを発表。こちらも禁断の兄妹愛を描いた「きょうだい心中」、自ら命を絶った女が成仏できずに現世に現れては気味悪がられる悲哀を描いた「人間まがい」など、みゆきさんと張り合ってでもいたような曲ばかりだった。

 みゆきさんの歌詞には、菩薩観音のような「温かさ」と、傷つけられた女の「涙」、中途半端に関わってこようとする人や社会に対する「牙」がある。当時の日本のフォークやニューミュージックのほとんどが愛や恋を題材にしたものが多かったが、みゆきさんはフォーク初期の吉田拓郎らが取り上げていた社会の様相を映し出す楽曲も残していて、時に深く傷つけるような「牙」がある曲が、私は好きだった。

 歌のタイトルとかぶる意味はないが、「やまねこ」は「牙」を持つ。

 女に生まれて 喜んでくれたのは
 菓子屋と ドレス屋と 女衒と 女たらし
 嵐あけの産室 壁の割れた産室
 生まれ落ちて最初に 聞いた声が落胆のため息だった
 
ここまでで「女性に産まれたことが不幸だった」と言い切ってしまう世界観に圧倒される。
サビの部分を含め、全体に漂う、受け入れられない自分の運命を背負わなければいけない女の嘆きが曲全体の基調となっている。

 多分、みゆきさんの手元には「オールナイトニッポン」時代に、自分の境遇を嘆き悲しむ人たちから、山のような手紙が届いていたのだろう。みゆきさんはそのすべてに目を通し、元気を出してと「ファイト」を書いた。番組内で読み上げたメッセージには、最後に「今度ライブにおいでよ。待ってるからさ」と語りかけていた。

 「糸」のような人のつながりや愛を歌うみゆきさんが嫌いではないが、みゆきさんの歌が、常に私の人生とともにあったこともあり、涙や牙、怒りを吐き出す楽曲の方が、私は聞いていて心地よい。

 ちなみに、みゆきさんの公式チャンネルが楽曲のうちのいくつかを公開している。この潔さを今でも備えたアーティストは少ない。


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