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いろんな「初心者」になりたい

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そもそも着物って高そう、着るのが難しそう、お手入れが大変そう。そんな偏見も、着物から遠ざかっていた理由の一つです。しかし浅草の着物専門の古着屋さんをいくつか回ってみると、1着5000円の着物や3000円の帯、もっと安いものまであることがわかりました。意外と安いかも。

何からどう見たらよいかわからずにいても、「着物を買うのが初めてで......」と店員さんにお伝えすると、丁寧に優しく教えてくれます。意外と敷居は高くないのかも。

「これなんか洗濯できる着物だから、洗濯機で洗ったらハンガーにかけて干しておけば大丈夫」というアドバイスも。意外とお手入れも簡単かも。

たとえばサイズの何をどう見たらよいかわからない。すると店員さんは気に入った柄の着物を簡単に着付けてくれました。「あなたはちょっと腕が長いみたい。サイズの表示のところで裄(ゆき)って書いてある数字が67センチのものを選べば大丈夫よ」とのこと。たしかに、気に入ったけれど数字が合わないものは手首のあたりが見えすぎてしまい、ツンツルテン。数字がぴったりのものを羽織ると、なるほど体にしっかり馴染む。

身体測定で身長や座高を測ることはあったけど、自分の特徴の一つに「腕が長い」というのがあるなんて、初めて意識しました。着物のことを知ろうとしたら、おまけに自分のことまで今までと違った角度で知ることができちゃうなんて、楽しい。おかげで、全てが未知で少し怖いとさえ思って怯えていた着物屋さんで、「まずは気に入った柄を手に取って、サイズが合いそうだったら羽織ってみる」という次の行動に進めるようになりました。

帯のことも何も調べずなにもわからないまま足を運んでしまったのですが、店内を眺めているとどうやら「袋帯」「名古屋帯」「半幅帯」というのがあるらしい。その違いもなんにもわからないまま手に取っていると「さっきあなたが選んだお着物だと、この袋帯だと格が高すぎちゃうから、名古屋帯にしましょうかね」と見繕ってくれました。なるほど、着物と帯の組み合わせには格というのがあるのか。

ただ色や素材で選ぶだけではない、と知ることができただけでも大収穫だけれど、どうやら覚えることはやはり大量にありそう。きっと全てを一日で把握するのは無理だから、なんとなくだけ把握しておこう、くらいの軽い気持ちで選べるようになりました。わからなければ知ったかぶりをせず、店員さんを頼って質問をすればいいんですよね。なんで初心者なのに格好つけて知った風な顔をしようとしていたんだろう。恥ずかしい。誰にだって「初めて」はあるのだから、初心者であるという武器を使っていこう、と改めて思いました。

帰宅してからは、YouTubeを見ながら早速着付けに挑戦。やはり帯には苦戦したけれど、いろんな先生が着付け動画をあげているので、様々な角度からわかりにくいところを探していけば解像度が上がっていきます。

たとえば「長襦袢 襟(えり) 抜き方」と調べていたら、襟のことを「衣紋(えもん)」と呼ぶことがわかりました。今度は「衣紋抜き」で動画検索したら、より的確なレクチャー動画に辿り着けます。体型ごとの着づらさの悩みも、たいていキーワードを入れて検索すれば誰かしらの動画が出てくる。「胸 大きい 着付け」のような頭を空っぽにして出てきた単語で調べても、ドンピシャのお悩み解決動画がいくつも出てきます。

調べていくうちに、私が現時点で知っている少ない着物用語で検索を続けるだけでは限界がある気がしてきました。何かもっと効率良い情報収集ができないかな……と考え、Instagramで「#着物」というハッシュタグを追ってみます。この人の着付けやコメント、好きだなぁとか勉強になるなぁと思うアカウントをフォローしたり、なるべく意識的に着物投稿に「いいね」していく。すると、タイムラインや検索画面、おすすめ表示が、いつの間にか着物だらけに。

自分から積極的に検索をしなくてもどんどん情報が入ってくる環境を整えたら、ますます着方のコツが頭に入るようになっていきます。買った時の店員さんだけじゃなく、インターネットの向こうにも味方がたくさんいると思うと心強い! 本当はお教室に通った方が良いのだろうけれど、まずはとにかく早く着てみたいという一心で毎日練習を続けてみました。

家で着付けの形はなんとなく、不恰好なりにできるようになってきたけれど、まだ草履を持っていないから外に出かけられません。着物に詳しい友人にアドバイスを求めると、どこでどんなふうに買ったら良いかをすごく具体的に教えてもらえました。オンラインでも買えるけれど、初めてならお店で履いてみると良いかも、というアドバイスも。早速翌日には菱屋カレンブロッソのカフェ草履なるものを手に入れました。

今持っている着物の色と合わせるならグレーだと落ち着きすぎてしまうかな。鼻緒と「前壺」と呼ばれる指で挟むところの色は同じが良いのかな。アクセントで色が入っていた方が可愛いかな。なんてことをまたしても店員さんに根掘り葉掘り聞いて相談しながら決めていきます。スニーカーの靴底のような素材で軽くて歩きやすいし、水で拭いてお手入れができるので初心者でも簡単に扱えそう。試してみても、履き心地もしっくり。

このまま「これください!」と言いたかったけれど、古着でばかり着物を買っていたので、1足2万円弱の草履に少し怯んでしまいました。でもやっぱり、履物は大事だし、なにより一目惚れしたこの一足に決めちゃおう! そうして草履を手にして帰宅早々に、嬉しくなって着付けをして、ちょっとそこまで散歩などしてみました。草履だからといって足が疲れるようなこともありません。とうとう、何でもない日に着物で外出、というのができた瞬間でした。

それからというもの、仕事以外で友人に会う予定のある日はなるべく着物で出かけています。「今日何かあったんですか?」と聞かれることも多いけれど、ようやく妙な謙遜をせずに「私服です!」と言えるようになってきました。(それまではなにかどこか照れがあって、実家がお寺なので......みたいな妙な言い訳をしていました。寺の娘だというと誰も疑わないのもなんだか面白い。)

着物だとついつい、いつもより姿勢良く歩くようになる。食事の時にすっと袖(そで)を支える仕草もなるべくきれいにしたいな、と自分の所作にも意識的になる。街中などでふとガラスに映る自分の姿を見ても、憧れていた「着物が似合う大人」に近づいている気がする。着る回数を重ねるごとに、少しずつ着物が日常に馴染んでいく気持ちよさを味わっています。

30代に入って、誰かから何かを教わる、という機会がどんどん減っていく感覚がありました。そんなときに着物をゼロから覚え始めてみたら、全く新しい世界を覗いていくのもすごく楽しい。初心者でいる心地よさ、学び方自体を一つずつ覚えていく面白さに夢中です。着物に限らず、いろんなものの初心者になって、いろんな世界を覗きたくなっています。

つづく

初めて買った古着の着物と帯。
同じ着物でも帯を変えるとこんなに雰囲気が変わります。
草履はベージュに赤い壺のものにしました。


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