見出し画像

いつか着物が似合う大人になりたい

いつか着物が似合う大人になりたい。
そう考え始めたのは高校生くらいの頃だったでしょうか。

私の実家はめずらしいお祭りがあるお寺です。毎年、たくさんのお客さまをお迎えしますが、たまに海外からもいらっしゃる方がいて、そんなときに実家のことや日本の文化のことをうまく説明ができないもどかしさがありました。

そんな背景もあって、高校は外国語に特化した学校を選びました。普通課の高校に比べて外国語の授業時間が多く、英語と第二外国語のドイツ語だらけの日々。それまで海外経験はほとんどなかったので、ホームステイでミュンヘンの郊外へ行くことが決まったときはどきどきでした。初めてのヨーロッパに行けるという高揚と、一人でホストファミリーとコミュニケーションを取らなければならないという緊張感。そんな気持ちを抱えながらドイツ語履修者のみんなで、現地の学校で浴衣をお披露目しようということになったのです。海外じゃお母さんが着せてくれるというわけにはいかない。一人で浴衣の着付けができるように練習したのはこのときが最初だったかもしれません。異国の地で浴衣を着ながら、「いつか着物が似合う大人になりたい」とぼんやり考え始めたような気がします。

自分で浴衣を着られるようになっただけでなく、浴衣であれば友人に着付けをできるほどには上達して、自信もついていました。しかし大学1年の夏。お祭りに浴衣を着ようということになり、大学の空き教室で友人の女の子たちに着付けをして、いざ自分も浴衣姿で外に出ることに。すると、当時気になっていた男の子から「他の子は2〜3割増しで可愛く見えるけどお前は普通!」と言われました。せっかく気合い入れて着たのに! 慣れない下駄で足を痛めながら行ったのに! 普通って! もう少し他に言い方ないの!と憤ったけれど、当時シャイだった私は苦笑いしながら何も言い返せず。どうやら他の子は普段とのギャップで可愛く見えるけれど、私は普段から着物を着ていそうなイメージが(勝手に)あって、違和感がなく馴染んでいて「普通」とのこと。いやいや、そんな取り繕った言い訳が聞きたいわけじゃない。とはいえ、それが正直な感想なのでしょう。私には「浴衣は2〜3割増しで可愛く見える」という魔法が効かないのだなと、しっかり落ち込みました。

20代半ばで浴衣を着たときも、当時付き合っていた恋人からの反応は「麗子像みたい」。たしかにこの頃、私は一度も染めたことのない黒髪を短めパッツン前髪にボブにするというヘアスタイルが気に入ってキープしていました。その髪型で浴衣を着ると、なるほどたしかに、美術の授業の資料集でよく見かけた岸田劉生の麗子像そっくり……。否定はできない……。いやいや、でも麗子像は絵画の作品としては好きだけれど、女性の容姿の形容としては褒め言葉のようには聞こえない、一度も髪を染めたことがないのだって、「いつか着物が似合う大人になりたい」という想いがあってこそでした。だからむしろ恋人からは「黒髪に似合うね」くらいの言葉をもらえるんじゃないかなんて調子の良いことを期待しながら向かったものだから、なんだかがっかり。そんなことが続いたので、積極的に和装をする気にはなかなかなれなかったのです。

実家が寺だから着る機会はあるのか、と聞かれることも多いです。でもお祭りの日なんかは特に、長女だから全部を把握して裏方として走り回るのでとても着物なんか着ていられない、なんて言い訳をしながら洋服で過ごしてきました。

もっというと私の髪は恐ろしく直毛で、まとめようとしてもハンパな髪の束がはみ出ようとします。あちら立てればこちらが立たずじゃないけれど、言うことを聞いてくれない髪をヘアピンで止めている間に、他のところが崩れてくる。普段は気に入っているハリのある髪も、こういう時ばかりはヘアピンを押し戻そうとするただの頑固者と言う感じで好きになりきれません。鏡の前で「あ〜もうっ!」とイライラした自分の顔を見てまたへこむ。ヘアアレンジが決まらないのも、和装を諦めていた理由の一つです。

と、まぁこんな感じで着物生活を諦める理由というか言い訳ばかりは無限にありました。それでいて「いつか着物が似合う大人になりたい」なんて、一度も髪を染めることなく黒髪を貫き通して早34年。大人になったらって、いつなのか。

色々と生活に大きな変化が重なったタイミングで「着物着てみれば?」と勧められ、重い重い腰をあげることになりました。重い腰と言いつつ、ちょっと楽しみにしてはしゃいでいたかもしれない。「お着物でこういうところ行きたいな」「出張の多い生活の中に、各地で着物関連のいろいろを見る楽しみも増えるかも」なんて、今までなかった新しいアンテナが自分の中で立ち始めているのを感じていました。

思えば10代、20代の頃の私は周りの目を気にしてばかりいました。今はいろんな経験も重ねたし、一人でバーにお酒を飲みに行ったり、知らない街でだって一人でドライブを楽しめたり、内面はそれなりに「大人」になってきたはず。2〜3割増しで可愛く見られたいとかじゃなく、着物を身につけてこそ見える世界を覗いてみたい。着物が似合う大人になる第一歩は、今だ!と、ついに踏み出してみることにしたのです。

つづく


「火渡り」という火の上を歩く祭りがある寺で生まれ育ちました。
左:麗子像と言われた20代半ばの浴衣姿
右:岸田劉生『麗子微笑』
「着物の似合う大人」への第一歩を踏み出したところです。


この記事が参加している募集

習慣にしていること

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?