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階段がある

改札を出ると階段がある。

階段を上るとまた階段がある。その階段を上って左に曲がってさらに階段を上る。

すれ違う人の肩がぶつかった。

背広を着た中年の男か、目深く帽子を被った若い女だったか、もう忘れてしまった。

それは私をいやにみつめて、そのまま歩みを進めた。

早く地上に出なければ、と直感する。

半ば強迫観念であった。私は息が上がることも厭わずに足を早めた。

(早く地上に出なければ、どうなるというのだろう?)

急ぎ足で階段を上って見渡した景色は、果たしてどこまでもコンクリートのタイルが敷き詰められているのみであった。

青い、というよりは白い空が私を覆っている。

「久しぶりに空をみた」ふとそう思った。

着ていたコートを畳んで、ふらふらと歩いていると次第に呼吸が整った。

曇り空の淡い光は微かな影をつくる。

風がひとつ吹いた。

その風にあおられたサッカーボールが私の足元にぶつかって、そこで我に返った。

目の前で少年が私を見つめていた。少年は精悍な目つきをしていた。

このボールは恐らく彼のものだろう。

少年にボールを渡すと彼は「ありがとうございます」と丁寧なお辞儀をした。

少年の膝には擦り傷があった。



……その話を駅前のカフェで彼女に話すと、彼女は心底どうでもいいという顔で適当な相槌を打った。

その日は晴れだった。

うろこ雲はきれいだ。

彼女の残したサンドウィッチをコーヒーで流し込むと会計を済ませ、足早に帰ることとした。

〔沈黙〕

駅の入り口に階段がある。

階段を下りるとまた階段がある。その階段を下りて右に曲がるとさらに階段がある。

すれ違う人の肩がぶつかった。

背広を着た中年の男か、目深く帽子を被った若い女だったか、もう忘れてしまった。

それは私をいやにみつめて、そのまま歩みを進めた。

早く改札までゆかねば。

もはや強迫観念であった。

私は息が上がることも厭わずに足を早めた。

……。

そういえば、

鈴が鳴らない。

あれからなぜか鈴が鳴らない。

電車に乗ると、呼吸の乱れた私をそれぞれが訝しげに見つめた。

〔空白〕

車窓からひこうき雲がみえる。

空はいつもきれいだ。

淡い光が足元に幽かな影をつくった。

探していたものは結局なんだったのだろうか。あのときはみえていた気がする。

曰く、それは優しくて、とても甘い。

世界が隠したそれを、私は生涯探していた。

はずだ。

あるいは、

あのときこそが探していたものなのかもしれない。

〔  〕

駅員のアナウンスが私の思考を遮った。

どうやら乗り換えの駅についたらしい。

改札を抜けて階段を上った先の景色は、果たして私と平行に敷かれたレールのみであった。

青い、というよりは白い空が私を覆っている。

風がひとつ吹いた。


ゆかねば。強迫観念であった。

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