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そうさぼくら世界の片隅で

今日はひたすら自分を整えることに注力した。

睡眠をいつもより2時間多くし、部屋の隅にあるなんでもかんでもぶち込んでいた段ボール箱を片付け、好きな音楽を聴き、マクドナルドを食べ、ポケモンをプレイして、ギターを弾いて歌って、熱めの風呂に入って、クッキーを焼いた。

ので今日は些末なことを書く。

皆様方の家にもないだろうか。何でもかんでもぶちこんでいる部屋の隅の段ボール。
少なくとも私の実家にはあった。そして私の部屋にもあった。好きな子の家にはなかった。
あれがあるととりあえず部屋を片付ける(体裁)ことができるのだ。それを年一で片付けると思い出が溢れてなかなか趣。かも?

マクドナルドでチョコパイを買ったのだけれど、いちご味の箱に入っていた。上から「チョコ」と書いてある。
チョコの方の箱がもうないのだろう。
クレームを避けるためとか、商品の提供の際間違えないようにとか、ハリボテだらけの優しさかもしれないのだけれど、それはそれでファストフード店の薄いハンバーガーみたく思えてよかった。

片付けをしている間、ずーっとナユタン星人を聴いていた。
彼の曲を聴くといつも等身大という言葉を連想する。

彼の音楽は衒っていないのだ。私はそう感じる。
もちろん衒った音楽にも好きなものはある。それはそれでよいのだ。

少しダサいところも、小さいところも、真っ直ぐなところも、それがかえってカッコいいところもすべて等身大なのだ。
そしてその身体で宇宙を描くのだ。

落ちているとどうしても下を向く。
目先の救いを求めてしまう。足元の枷を見つめてしまう。
多分見るべきなのは空とか星とか雲とか、木漏れ日とか鉄塔とかそういうもので、私はずっと頭上で鳴る音楽を探している。そういうものなのだろう。
今夜は雨天。星は見えない。
代わりに音楽が今日も鳴っている。

『そうさ ぼくら 世界の片隅で
「失くしてばっか」なんて
心なんて埋まらなくても
何度もぼくらは星を巡るよ!』

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