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"野良桜"とはなにか?

本日(2020.3.16.)発売、週刊ポスト誌巻頭カラー「TOKYOポツンと一本桜」から検索で来られた方、いらっしゃったらありがとうございます。
また、2021.3.18.公開の"一人を楽しむメディア DANRO"さんの記事、あなたの街でポツンと咲いてる「野良桜」コロナ禍だからこそ楽しもう からいらした方もありがとうございます。

「野良桜」って、聞きなれない言葉ですよね?
街中を歩いていると、ふいに立派な桜に出会うことってありますよね?
公園であったり一般のお宅であったり神社、お寺、道路脇、水路沿い、あるいは、ナゼこんなところに??というものも…

そのように「花見の名所ではないところに咲く桜」「野良桜と命名」して、8シーズン撮り続けています。

オレがなぜそんなにしつこく「野良桜」を追い続けているのか、以下にだらだらと説明します。

・野良桜という概念を発見!・

事の始まりは2013年の桜シーズンに遡る。

ある晩、仕事帰りに浅草~上野間の大通りを車で走っていたら、歩道に立派な桜が咲いているのに気付いた。そこは何十年もよく通ってる道だったが、それまで桜に気づく事はなかった。しかも、その前後に桜が並木で生えているような様子もない。

なぜここに一本だけ??

と疑問に思いつつ、その時、オレのアタマの左後ろから、”野良桜” という概念が降ってきた。
それがこちら、"野良桜記念第1号樹" だ。

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こうして”野良桜”という概念を脳内にセット(のちに「野良桜レーダー」と言うようになる)すると、トーキョーのあちこちに「なんでこんなところに??」という桜が目につくようになり、人々が寝静まった深夜に撮影するようになった。

・深夜に撮影する理由・

なぜ野良桜を深夜に撮影するのか?と言うと、2003年からライフワークとして ”シンヤノハイカイ” というシリーズを撮影している。

1990年代半ばに仕事をしすぎ、人々と衝突し、疲れ果て入院。退院後、生きる希望も気力を失い、ただ無為に過ごす日々だったが、2002年暮れに知人の作詞家さん(現在「ふわとろお花写真家」として大人気活躍中の方)から届いたメールの一文に、このように書いてあった。

「小野寺さん、LOMOって知ってますか?」

当時LOMOは知っていた。'80年代の日本製コンパクトフィルムカメラをパクった旧ソ連製のカメラで、その独特な写りにハマる人が徐々に増えていった時代だ。
世の中はデジタル写真に移行してる真っ最中だったし、いまさらそんなソ連のダサカメラなんて… と思ったものの、そのメールの一文がどうにも気になりいろいろ検索すると、そこにはチープでディープでパチモンオンパレードなロシアカメラの面白そうな世界が拡がっていた。
年明け早々、渋谷でLOMOを売ってる店に行き速攻で購入した。

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今のカメラは全て電子制御化されているので、シャッターボタンはスイッチの一つでしかない。しかし、LOMOはすべて機械仕掛け。シャッターボタンを押せばバチコ〜ンンン、と指にバネの感触がフィードバックされてくる。フィルムの巻き上げはダイヤルを指でギャッギャッギャッ!と回す旧式。

「あ、これ楽しい!」
「オレ、写真撮ってるぜ!」

そんなアナログ感触がうれしいトイカメラの世界に目覚め、写真を撮る喜びが再起動。何も考えず感じたままシャッターを押し続け、このLOMOには半年で60本以上のフィルムを通した。

トイカメラ撮影に邁進する日々が半年ほど過ぎたある時、ノリでもって旧東ドイツ製の中判6X6フィルムカメラを手にいれたのだが、はて?これでオレは何を撮ったらいいのか?と迷った。

オレのひと世代上のカメラマンギョーカイでは、スクエアのカメラ(スェーデン製の超高級カメラ、ハッセルブラッドのこと)を持ってなければプロじゃない!みたいな風潮があったけど、オレの時代にはそんなことはなく、スクエア6X6のカメラなんて40過ぎて初めて持ったのだ。

風景撮るわけでもないし、増してやオネェチャンも撮らない。。。

そんなある晩、近所の酒屋が更地になったところに止まっていたユンボ(パワーショベル)を深夜に撮影してみた。露出の勘もなかったのであがった写真はユンボがただシルエットになっただけだったのだが、その様子が面白く、以来毎晩のように深夜に撮影する日々が始まった。ピークには一晩でフィルム10本くらい撮っていた。

ある時、大量に撮った素材を並べてみて「なぜオレはこのようなものを撮ってしまうのか?」という疑問が湧いてきた。

工事現場に佇むユンボ、都会の隙間のような児童公園にいる古い遊具、池に浮かぶつながれたスワンボート・・・

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それらのキーワードは、「明日、誰かの役に立つために佇んでいるモノたち」というものだった。

工事現場のユンボは、明日になればオペレーターのおっちゃんが来て働く。
都会の隙間の遊具は、子どもたちがくればいつでも遊んでもらえるように待機している。
池に浮かぶスワンボートは、明日になればカップルや親子連れが乗って楽しんでくれるのを待っている。

そういう「明日になれば」という希望を撮っていた、仕事が少なくなったけれども「オレはまだやれるぜ!」という自己投影として、深夜に佇むモノたちをポートレートとして撮っていたのだ、と気付いた。

自分が何者で、どこへ向かっているかもわからずに深夜に徘徊しカメラを向けていたが、それは自分の姿を見つめる行為だったということに帰着したのだ。
その迷走していた感覚を表すため、タイトルを漢字表記ではなく、読みにくいカタカナ表記に選んだ。

今回の”野良桜”シリーズも視点は同じだ。
街中を歩いていると、なぜこんなところに桜が?というものに出くわす。
その桜は、誰かがそこに植え、誰かが楽しむのを待っている。
そんな桜たちの姿をポートレートとして捉えるために、人々が寝静まった深夜にのみ撮影しているのだ。

・日本野良桜学会について・

かようにして野良桜を美しく撮る、という真面目な行為だけでは拡がらないので、“野良桜”というキャッチーなフレーズに加え、サブカル的な嗜好を加えるために「日本野良桜学会」という呼称を使うようになった。野良桜を見つけると、それを分類し「学名」をつける、という遊びだ。
赤瀬川原平さんらの路上考現学、トマソンの影響が強くある。

生き物でやたらと長い名前のものがいる。例えば

「オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ」

という、カタカナで表記されると、ナニ?呪文?お経??マントラ???と感じてしまうが、文節で区切ってみると、

「小笠原のちびでひょうたん型でヒゲが長いゾウムシ」

と「なんだよ、見たまんまかいっ!」と理解できるようになる。

↑みんなでいっしょにうたおう!
♪オガサワラ、チビヒョウタンヒゲナガゾウム〜シ!

このようなわけのわからない生き物命名法を野良桜分類に移植した。

まず桜全体を写真に収め、その野良桜がどのような環境に生えているかを見ておおまかに分類する。
・一般家屋に生えていれば「イエザクラ系」
・寺社仏閣に生えていれば「ケッカイザクラ系」
・鉄道沿いに生えていれば「テツロニギヤカシ系」
・水路際に生えていれば「スイロニギヤカシ系」
・新し目のマンションなのに立派な桜があるのは、そこがもとお屋敷だったからかもしれない「モトヤシキザクラ系」

などだ。
(↓日本野良桜学会謹製野良桜カテゴリー表参照)

野良桜カテゴリー2021

次に、その特徴的な形態などを観察する。
・大きい
・モフっとしている
・斜めに育ってる
・立派だ
・はみ出している

など。

そしてそれらをカタカナで数珠繋ぎにしていく。
とにかく読みにくくすることがポイント。

例:スキマホソミチハミダシイエザクラ (隙間細道はみ出し家桜)

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時代劇に使うような古い言葉を入れるのもミソ。

例:ハタゴノキサキカリオキ (旅籠軒先仮置き)

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など。

・増えるメディア露出・

「東京 野良桜」は、過去には2017年と19年にアサヒカメラ巻頭グラビアにて掲載、東京新聞の記事にも2度取り上げられ、ラジオ生出演も2回果たした。今回の週刊ポスト誌は、2年連続掲載という快挙だ。

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"野良桜"というインパクトなネーミングはいずれも反響が大きく、徐々に全国に知れ渡っていった。見つけた野良桜写真をツイッターやインスタグラムに  #野良桜  で投稿してもらい、連日エゴサーチして見つけるや見知らぬ方であっても、

「野良桜投稿いただきありがとうございます。それは ホニャララウニュモナレロレロザクラです。(日本野良桜学会)」

という謎レスを残して去る、ということもやってきた。
東京以外からの投稿もあるので、その際はアタマにその地名をつけたりする。例えば北海道からであれば、ホッカイドウ〜… と始まるのではなく、エゾ〜… 、熊本であれば、ヒゴ〜… などの古い地名をつけたりするのをルールとしている。
エゾカベギワリッパソダチ、ヒゴオオモフスイロニギヤカシ、などなど。

そんな日本野良桜学会の会員数は、全国に1.0000人だ。(小数点であることに注意w)
ただ、野良桜展開も今年でシーズン8になり、上記のようなナゾ活動のせいで野良桜を楽しむ人たちも増えてきた。

それゆえ、最近では、「会員1名見かけると30名いるというウワサです」と称している。

・桜を見る根底・

そんなことを楽しんでいると、「オマエはどんだけ桜好き好きオジサンなんだ?w」と思われてしまうが、実際にはその真逆である。
**
「日本人と桜のクレイジーな結びつきはオカシイんじゃないか?」**

という視点が根底にある。

毎年、桜前線やお花見のことはニュースなどで必ず流れるが、30代になるまで花見など参加したことはないし、こう見えても酒タバコは嗜まないオレから見れば、日本人のお花見というストレンジでキュリアスな酒盛りピクニックは意味不明だと常々感じている。

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そもそも日本中に桜(特にソメイヨシノ)がこんなにも多いのは、戦争で荒廃した街に植えられ復興のシンボルとされた歴史がある。しかし、裏道の小さな家の小さな敷地にまで桜を植えて、道に大きくはみ出していても伐採しない、されない、その許容感覚はなぜなのか?

さらに、桜のシンボルをかかげて未来のある大勢の若者を強制的に死に追いやった戦争に使われた悲しい歴史もある桜をめぐる狂気…

それらを知れば知るほど、ただ美しい花、春が訪れたアイコンの花、というだけでは見られない自分がいる。
ゆえに、花見の名所、銘木にはまったく興味をもたず、世界の片隅に存在している"野良桜"を自分自身の投影として、日本人のカルチャーとして、アウトサイダーな気持ちで眺め観察しているのだ。

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花見の名所の桜というのは、オレから見れば昨今ハバを利かせているグループアイドル(A◯Bとか)にしか見えないし、そういうヒトビトが群れる場所や対象物には興味がない。(そのカウンターとして「東京 群集」シリーズがある)
それに対して、野良桜は「地元アイドル(コンビニバイト中)」みたいな存在wで、会社帰りに疲れて夜道を歩いていたら、ハッとするような野良桜に出会い、スマホで写真撮って「桜キレイなう」ってツイートされておしまい。な存在でしかない。

ならば、オレが本気で撮影してやろうではないのっ!

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最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
『東京 野良桜』はこちらにまとめてアップしてあります。
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