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帰省

"ぷろおご信者"と、簡単にいえば、そうなのかもしれない

というより、そういうふうに映る人もいると思う。

でも、信者じゃない。
信じきってはいない。
時折、参考にさせてもらってる感じだ。

私は彼の言葉をきいて、

正確にいうと、彼だけの言葉じゃなく、彼はたくさん勉強してきてる(学んできてる)だろうからあらゆる歴史を総合的に分かりやすく伝えてくれている彼の言葉をきいて、

全部じゃなくて その時の自分に必要な物を参考にして、「たしかに、そうかもな」と思っている。

気分じゃない時は読まないから信者じゃない。

そして、そんな彼のツイートやnoteを見て勝手に背中を押されて、私はお盆に地元に帰省する。


前回、実家に泊まった時に、いろんな不快があったんだけど、多分、向き合わなくてはいけないジャンルなる気がする、なんとなく。

よくスラムでもぷろおごさんと伊予柑さんがそういう事話してるし。

某人が言った、「時間もお金もかかるし価値観が合わない人と過ごすのは不快だから、全然帰省してないよ」

たしかに、そう。

わたしは、めんどくさいし、重い、だから帰省するか悩んでる。と伝えた。

某人「べつに帰らなくてもいんじゃない」

何故、私は面倒くさいのに帰ろうとしてるんだろう。



私の家族(親戚)は、私に会いたがっているのが伝わってくる。

それが逆に重いなと感じていたんだけど。

もしかしたらもう会えなくなってしまうかもしれないし

やっぱり帰らなかった時の後悔より、帰った時の後悔のほうが、結果的に後悔しない気がする。


祖父が亡くなる前は親戚で集まるのが絶対的なイベントだった。

だから自分の中でいつも参加していた時期のイベントごとは、参加したほうがいい気がする。



暑中見舞いを祖母と親に書いた。

私は昔から家族に手紙を渡してきた。
後から見ると、すごく面白い。

時々、手紙を渡した相手から「これみて、面白いものあるよ」という感じで、自分が書いた手紙を見せられる。

その時の、当時の私の、つたない字や絵、でも変わらない部分がある 人に笑われる要素の部分がそのまま残っていてとてもウケる。

ツンデレな兄も、彼が反抗期の時に、わたしがまだ反抗期になる前の心情を綴った手紙があり、

なんと意外なことに、大切に私の書いた手紙を保管していたらしく、

前回帰省した時に 「これまじおもしれーからフクロウネコが来たら見せてみ」と母に渡したらしく、母つたいで私に見せてきた。

私は手紙で関係を繋いできたんだな。

多分、うちの家族は口下手だから、私も直接言うのがなんだか恥ずかしくて、よく手紙を書いてた。

結果、何年も後になってから、「やってよかったな」と思うことになった。

だから今回の帰省も、そうなる気がする。

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