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人類共通の快楽のコード

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勇敢で繊細な耳の持ち主のために。
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魂は不滅か。

土曜日17時半にチャイムが鳴る。そろそろ来る頃だと思っていた。
ドアを開けると、白シャツにスラックス姿のSさんが立っていた。
「いつもお世話になってます、今お時間ありますか?」
微笑むと細い目が完全になくなってしまう。
僕は「どうぞ上がってください」と促す。
年の頃、三十二、三。僕より少し年上か。
背は高いが、痩せているのと腰が低いのとで、草食動物のような印象を与える。
彼はいつもこの時間にやって

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シンクロニシティの源泉。

僕らはしばし、他の誰かと同じ夢を見ることがある。

それは、ユングの提唱した「シンクロニシティ(共時性)」によって起こる。シンクロニシティは、それまでの科学の世界での「因果律」、すなわち、物事は何らかの原因があって起こる、という常識を覆えすものであった。何の繋がりもない離れた場所で、同時期的に同じことが起こる———そのような現象を、ユングは「シンクロニシティ」と呼び、それが起こるのは、人類が「

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ドラマーは神じゃない。しかし神の言葉を語る。

「質量をm、地球の重力加速度をg、持ち上げる高さをhとすると、スティックの位置エネルギーはmghになる。スネアを打つ時はそれを全て運動エネルギーに変換するんだ」
「1/2mv2ってこと?」
「そう。だから、大きな音を出すには力を入れるんじゃなくて、高く振りかぶればいい。ちなみにvには2乗が付いてるから、2倍の高さから落とすと速度は4倍になる」
「3倍振りかぶったら、9倍大きな音が出るってこと?」

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一体、どこが静かな湖畔なんだ。

正月。久し振りに姪っ子に会ったんだけど、パンダのオモチャを持ってたのね。パンダ君はただのぬいぐるみじゃなくて、話し掛けるとそれを真似してパンダ語で返してくるニクいヤツだったんだ。「こんにちは!」→「ふぉんりてぃあ!」みたいな感じで。何言ってるか不明瞭なんだけどさ。

姪っ子、色々話し掛けててさ、「おいたんもやってみて!」って、そのパンダ君を差し出してきたのさ。僕は頭の中でディレイのタイムを測りなが

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人類共通の快楽のコード。

意識を持つ前の古代人の脳は、右脳と左脳が分断されていて(バイ・キャメラル・マインド)、右脳では神々の声を聞いていたという。音楽の起源とは、その神々の声かもしれない。

僕の志向していた、「人類共通の快楽のコード」というのも、その神々の声のことだろうか。
ビートルズの「A Hard Day’s Night」の冒頭の「ジャーン!」には多くの人が胸を躍らせるが、果たしてG7sus4 は人類共通の快楽のコ

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勇敢で繊細な耳の持ち主のために。

ノイズ・ミュージックの大友良英氏は言う。
「こういう音楽に関わり出した時に、何が音楽で何が音楽じゃないかとか、何をノイズって思うんだろうって、いつも考えてたんですけど。本当に身も蓋もないことを言ってしまえば、人それぞれ」

僕は「人類には、共通する快楽のコードがあるはずだ」と考えていた。いや、そのコードを見付けたわけじゃない。しかし、そうでなければ救いがないと思ったのだ。思想も宗教も言語もイデオロ

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音楽を愛してるだって?そうじゃない。

ギターの音。ベースの音。ドラムの音。アナログシンセの音。クラリネットの音。ヴォーカリストの声。コードをチェンジする時に指が弦の上を滑る音。コンプレッサーで持ち上げられたピッキングの音。シングルコイルのピックアップが起こすハウリング。スネアに張ったスナッピーの共鳴音。エフェクターを踏む音。ハイハットスタンドに体重を戻して、シンバルが閉じる音。ヴォーカリストのブレス。チューニングの際のハーモニクス。ア

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ピカソの作る五次元の音楽

音は二次元だろうか?三次元だろうか?四次元だろうか?

目は二次元のものを三次元として解釈する為に二つ付いている。
耳もそれと同じように、方向性を感知する為に二つ付いている。
それは、音が本来二次元のものであって、それを三次元で解釈する為の措置なのだろうか。
そもそも音は、空気の振動であり、音源からは三次元的にあらゆる方向に飛ぶ。
だが、内耳の奥にある鼓膜は、人体の中では「点」と言っても言い位に小

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牛肉ってそんなに旨いか?臭くないか?

「俺が求めているのは、そんなに大それたものじゃない」
深夜2時、僕の部屋の布団の上、ビールを片手に、彼はそんな風に話し始めた。
ただ、このクスリを止められたら、それだけで俺の人生の目的は達せられたようなもんだ、と。

数年前までは、クスリ無しで頑張ろうと思っていたらしい。
規則正しい生活、バランスのとれた食事、適度な運動、そして瞑想。
しかし結果は芳しくなかった。
周りの人に迷惑を掛けるに至って、

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本当の音楽は耳には聴こえない。

その日のイベントで最後に登場した男は、歌い出す前に「今夜の月を見ましたか?」とみんなに問い掛けた。
それは新月の翌々日のことだった。
日の入り後すぐの西の空に姿を現した極細の眉月は、一瞬まぶしく輝いたかと思うと、すぐに太陽の後を追うように沈んでいった。
そして、「ブルームーン」という唄をうたった。

月は、平均約29.5日を周期として満ちたり欠けたりを繰り返している。
だから、現在世界中で使用

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リズムを決定するのは、人間の肉体だ。

中央線が人身事故で止まって、帰れなくなった。
ツイッターを覗いたら、友人たちが渋谷でライブをやっているようだったので、遊びに行くことにした。

電車が復旧するまでの時間つぶし―――ライブハウスの名はそれに相応しい「Wested Time」。
だがその夜のバンドはみんなご機嫌で、僕はいつしか踊り出していた。

僕らは踊る時、バスドラの音を聴いた「後で」足を出すのではない。
バスドラの音が鳴る

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ちぇっくちぇっく、わんとぅー。本日は晴天なり。

「左脳で考えたことって、嫌なことばっかりのような気がするのよね、俺」
と、タケシは言った。

左脳?

「感動って、右脳に蓄積されるからさ。言葉にならないんだよね。
例えば、いくら言葉をかき集めて感動を記憶しても、その言葉を思い出せば感動が蘇るかって言ったらそんなこと無くてさ。
絵とか、音楽とか、あるいは香りとか、触感とか、そういう物の方が、感動を思い出させてくれる」

タケシはいつも

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音楽の最終目的は、音楽を無くすこと。

バッハの複雑な管弦楽組曲を聴きながら、音楽の起源について考えていた。
J.S.バッハは「音楽の父」、ヘンデルは「音楽の母」と呼ばれている。
だが当然のことながら、バッハやヘンデル以前にも音楽はあった。
いきなりこんな複雑な音楽が出来あがる訳がないのだ。

僕らはついつい、「バッハが最初に音楽を作った」とか、「ビートルズから全てが始まった」などと思い込んでしまうことがある。
だが、バッハとてたか

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G7sus4―――人類共通の快楽のコード。

エホバの証人のSさんがまた来てくれた。
今日は奥さんも連れて、一緒に話をしたいということだった。
僕は狭い部屋ですがようこそ、と言ってダイニングに招き入れた。

今日のテーマは聖書について、だった。
「エホバの証人」は言わばファンダメンタリスト(原理主義者)で、「実際に聖書に何が書かれているか」ということを最重要視する。
クリスマスや、三位一体、魂の不滅などについては、聖書にその根拠が無いと退けて

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