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私がMMORPGで青春を過ごした日々

 いんふぉさんがポッドキャストや各プラットフォームで配信しているラジオ番組「act_VR」の私の第2回目の出演回が公開されました。みなさん聴いていただけましたよね、ありがとうございます。聴いてない人は今すぐ聴いてください。

 さて、ラジオで話して黒すぎてカットされた部分は公開収録に来ていただいた方だけが楽しめた内容ということで、今回はそれ以外の+αの内容を少し語ってみたいと思います。

 今回のラジオでは、大きく3つのトピックスに焦点を当てていただきました。1つが「MMORPGの話」、1つが「『一番歌』という楽曲の話」、1つが「ライターとしての私の文章の書き方」といった話です。

 この記事では、MMORPGに関する私の思い出語りをしていきたいと思います。「この記事では」って言いながら2回以降があるかどうかはわかりません。第2回があればラジオでお話したほかの話題についても書きたいですね。

 私が出演させていただいたラジオの第2回は、「MMORPGはなぜ楽しいのか。なぜ私が魅力を感じるのか」。そういったお話をさせていただきました。私が書いた記事を通して面白そうだなって感じていただいたというのは本当に嬉しかったです。

 私にとっての現実は、インターネットの向こう側にある世界にありました。今もインターネットの向こう側にあるメタバースという世界にどっぷりなのでそこはあんまり変わらないのですが(笑)

 ラジオでは「MMORPGの世界でも何かをやってもいいし、何もやらなくても良い」というお話をさせていただきました。ただ、実はこの境地にたどり着いたのはゲームをある程度プレイしてからだったりします。

 ある種の挫折というか、自分はレベル上げや強くなるということを極められるプレーヤーじゃないという事に気づいてからですね。

 まだ、そこの境地に至る前に考えていたことを書きながら、また別のMMORPGの楽しさを知ってもらえたらいいなと思って、ちょっと書いてみます。

MMORPGにはたくさんの英雄がいた

 記事やnoteにもたくさん書いていますし、普段もよく話しているとおり、オンラインゲームは文字通りに私の青春でした。正確には、青春をオンラインゲームに捧げてきたと表現する方が正しいでしょうか。

 私がプレイしていたゲームは、剣と魔法の世界で、オークやゴブリンのようなモンスターが出てくる。時にはドラゴンやフェニックスのような強大なボスがいることもありました。モンスターとの戦いだけでなく、他のプレーヤーとの戦いや協力もありました。

 オンラインゲームの世界では、壮大な夢も追い求めることができました。ここでは、誰もが英雄になる可能性があったのです。そして、その英雄たちと共に、勇気や友情、そして冒険の価値を肌で感じる日々でした。

 私は、その中でも特に大規模戦闘が好きでした。剣を持ち、重い鎧を身に纏って最前線で戦う騎士、弓矢でそれらをフォローするエルフ部隊、そして魔法による後方支援から回復や攻撃までを担当する魔術師……ゲームの運営が続くにつれ、さらに様々なクラスが出てきますが、それは置いておきます。

 それぞれのキャラクターを操作するプレーヤーがどこかにいて、中にいるのはコンピューターやAIではなく、生身の人間だった。それはまさに“ロールプレイングゲーム”だったと思います。

 その中でも、私にとって「騎士」は特別な英雄でした。大規模戦闘の最前線で多くの攻撃に晒されながら、膝をつかず、仁王のような形相で立ち続ける騎士。もちろん表情やプレーヤーの気持ちまではわかりません。それでも、彼らは本当に憧れの存在でしたね。

※当時の私は、いわゆるお行儀の悪いプレーヤーだったので、煽ったり煽られたり色々あったのですが、それもロールプレイの1つということで(笑)

 当時私がプレイしていたゲームはサーバー毎にプレーヤーが分かれていて、基本的に交流はありませんでした。ですが、隣のサーバーの英雄伝が伝わってくるのが面白かったです。

 具体的な話をあげると、どこかで書いた気もするし、話した気もするのですが、お隣のサーバーの「修哉」という伝説のプレーヤーの話は今でも鮮明に覚えています。

 修哉氏はJPリネージュで最速でLv52に到達したキャラクターです。(だったはず)。Lv52なんて今は初心者エリアでサクッとすっ飛ばせるレベルなのですが、当時のLv52というのは大きな節目で、到達するのが非常に難しい、トップ中のトップのような領域でした。

 「Lv99とかじゃないんだ」って思われる方もいらっしゃると思いますし、それが普通の感覚だと思います。ただ、当時私がプレイしていたというタイトルは途中からレベルアップに必要な経験値が一気に上がるゲームでした。

 私はそのレベルまで到達したことがないのですが、友達はLv49からLv50になるには1日8時間レベル上げをして1ヶ月くらいかかったと言ってましたね。しかも途中で死んだりするとペナルティとしてレベルアップに必要な経験値の10%を失うという厳しい仕様がありました。

 そんな厳しい仕様を乗り越えて彼がその節目に到達したのは本当に伝説でした。恐らく、当時同じゲームをプレイしていた人に「伝説のプレーヤーは誰だと思いますか?」と聞いたら多くの人が名前を挙げるのではないかと思います。

 彼が、レベルを上げていたエリアは通称「修哉ゾーン」と呼ばれていたそうです。1人のプレーヤーの名前が狩場につくというのは相当珍しいことだと思います。(そのエリアに入った人は殺されたとか色々噂がありますが、私は別のサーバーなのでわかりません)

英雄達との出会いから多くのことを学んだ日々

 それからもオンラインゲームを続けていて、多くの英雄に会いました。共に戦ったこともありますし、敵対したことも少なくはありません。仕事柄というかなんというか、彼らにインタビューをさせてもらったこともあります。

 それぞれのキャラクターが唯一無二の英雄であり、それぞれのプレーヤーに物語がある。そんな人達が1つの世界に集まって社会を作るんだから面白くないはずがないんですよね。

 私は、思春期の長い時間をそんなオンラインゲームに熱中し、長い時間を費やし、多くの英雄達と出会い、挑戦と挫折、出会いや別れ、喜びや悲しみを経験しました。それは、私の人生においてかけがえのない貴重な時間でしたね。

 当時は、進学のために勉強をする必要がありました。同級生はやれ受験だの、将来の夢はどうだのって言ってる頃に、私はどうやってレベルを上げるのが効率が良いか、どんな強力な武器が欲しいか、どうやったら強いプレーヤーになれるかというのをずっと考えていました(考えているだけで実際にできたかは別です、レベル上げが苦手だったので……)

 また、いわゆるチーム的な存在を率いるリーダー的なプレーヤーだったので、リーダーシップやチームワークなんてことも考えていましたね(できていたかは別)。

 日々、ゲームの世界で目標を達成するために、時間とエネルギーをかけて暮らしていました。その結果、学校を休む日もありましたし、朝までゲームをやって、そこから寝るという生活もしていました。父親が危篤の時も目の前のレベル上げの方が大事といったこともありましたね。

 私は経験がないのでわからないのですが、現実世界で部活に所属して、仲間と切磋琢磨して、試合で他の学校の生徒たちと競い合う。それが一般的な青春だとしたら、私はゲームの中でレベルを上げて、他の派閥のプレーヤーと競い合う。それが私にとっての青春でした。

 もちろん、微塵も後悔はしていません(さすがに父親が危篤の時は病院に行くべきだったと思いますが)し、別の生き方もあったと思います。ただ、オンラインゲームで作られた思い出の数々は、私にとっては文字通りにかけがえのない体験でした。

 たしかに外部から見れば、私の青春の過ごし方は一般的ではないと思います。しかし、オンラインゲームの世界で得た知識やスキル、友情は、現実世界での生活にも活かされています。逆風にも負けず、困難を乗り越える強さや、人と協力する大切さを学びました。

 特に、仲間との関係構築はオンラインゲームならではの魅力だったと思います。共に強敵と戦い、時には議論を交わし、互いに信頼関係を築きながら、私は、私たちは成長していきました。この頃の経験は現実世界、ゲームの世界を問わず、今の私に大きな影響を与えているのは間違いありません。

 本当に多くのことを学びました。そこには現実世界とは変わらない、喜怒哀楽という感情が存在し、多くの人間が暮らす社会がありました。人と人がいるからそこに社会はある。社会があるからこそ争いも協力も創造も破壊も起きる。そう考えると、やっぱりオンラインゲームは私にとってはかけがえのない最高の世界だったなって。

 思い返しても、本当に楽しい時間でした。ほかにもラジオの中では語れなかった色んなネタが無限にあるので、それはまたどこかで(笑)

ライター:咲文でんこ

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