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【日常紀行】真鶴の漁港の手前にて(追記:コオロギクッキー自販機)

真鶴は坂の町だった。

膝が笑いかけているのを堪えながら、延々と続く下り坂をバッグを抱えて歩く。秋の夕方の気配は心地良いが、肉体的にはややしんどい。

真鶴半島は、神奈川県の西端にある小さな半島である。昼間、高台にあるゴルフ場からみた時は、青々と広がる相模湾に突き出た緑の親指のようで可愛かった。今は、全然可愛くない。3人の中年男に牙を剥く。

「後、漁港までどれくらい?」と、友人A。

大学の同級生で、3人が同じクラスだったのは、30年以上前か。それから、お互い仕事に明け暮れ、20年以上音信不通だったが、ひょんなことから再び連絡を取り合うようになったのは、7~8年位前か。
以来、月1回程度でゴルフを回るようになった。ただ、ゴルフ目的というより、その後の地元名産を食する楽しみが、半分以上な気がする。元来、ゴルフはおまけだった。

真鶴と言えば、相模湾、地魚、刺身、寿司。
3人とも、楽しみにしていた。ところが、真鶴の駅前の店は、土曜日だというのに閉まっていたり、インド料理やピザ屋になっていた。
すると、少し距離はあるが、漁港の方にはある、しかも美味い、と友人B。

だから、こうして疲れた体を引きづって歩いている。が、なかなか見つからない。しくじったか。

追記(2023年11月10日)
道中、昆虫食の自販機があった。「昆虫食の革命 サクサクの食感」なんて、キャッチーだ。他の2人が余りに無反応だったので、忘れてたが、やはり記録に留めておくべき文化でしょう。僕たちの近未来かも。

コオロギクッキー自販機
近未来か、この地域の食文化か?

駅から歩き続けること、20分は過ぎる。
坂を下りきり、しばらくして漁港の手前に来ると、道を挟んで向き合う2軒のお寿司屋さんに行き当たった。

夕暮れも近づいている。どんな評判か、スマホで検索しながら、調べていると、友人Bの声が聞こえた。

「目が合ってしまった」

見ると、道の向こう側から女性が手招きしている。足も痛いし、踏ん切りをつけて、その店に決める。

3人だが、カウンターに案内された。
とにかく生ビールで乾杯、刺身を摘まむ。全て相模湾で取れた地魚と言う。美味い。飛び込みだが、当たりだ。素晴らしい。お任せで10貫を頼む。

最初のお通しに驚いた。こりこり、さっぱり。
それに、ちょっと生姜醤油がかかる。
マンボウの湯引きの細切りだそうだ。

「マンボウが取れるんですか、相模湾で?」

「網に引っかかるんだよ。外には出さない。」

70才前後とおぼしき職人気質の大将が、握りながら、応えてくれる。親方感漂う。カウンターの中では、他に2人の職人さん達がきびきびと握る。地元らしいお客さんと時々会話をしては、心地よい空間を作っている。結構、繁盛している。

空いたテーブルに大量のお皿が並べられていく。コロナ禍も明け、宴会の準備だろうか。親方の女将さんと思ぼしき中年の女性が、給仕を行いながら、一生懸命に盛り付けを行う。先刻、僕らを店に手招きした女性だ。結構な年配と思われるが、一生懸命に体を動かし、働いているのが分かる。が、お喋り好きで、お客さんと話してしまい、ついつい手がおろそかになる。

ちっ。
その度に大将が舌を打つのが、可笑しかった。きっと、いい夫婦なんだろう、家でもそうなんだろう、それでも互いに上手くやっている、と余計なお世話な想像を膨らます。

ふと気付くと、背後の上がりかまちのお座敷が賑やかになっていた。襖などの仕切りはなく、そのまま様子が伝わってくる。20人位の団体さんだ。東南アジア系、おそらくタイ人か、と思われる。職場の同僚との懇親会であろうか、その中で、小柄な若い女性が、お店に流暢な日本語で取次ぎ、刺身が盛り付けられた先ほどのお皿を小気味よく運ぶのを手伝っていた。

賑やかで朗らかな皆さんで、決して騒いで、周囲に不快を与えるような雰囲気でなかった。何を話しているか分からないが、仲が良くて、秩序があり、礼儀正しい空気が伝わってきた。楽しそうである。

宴も半ばの頃、その若い女性と目があった。彼女は、申し訳なさそうに、ニコッと微笑む。ジーンズの似合う瞳の大きな小柄な女性だ。お店の人に幾度となく声を掛けられては、立ち上がって、甲斐甲斐しく手伝いにいく。その度に、いそいそと一人の男性がその後について行くのが、可笑しかった。彼女のことが好きなのだろうか。でも、まだ恋人未満って感じだ。がんばってね。

座敷の一角に同じような紙袋が並んでいた。有名な自動車メーカーのロゴがはいっていた。近隣のその会社の工場の技能実習生なのだろう。仕事を教えるだけではなく、日本の生活に馴染めるよう、日本の慣習を含めて教えているのだろう。今は担い手不足で、彼らなしに、日本は立ち行かない。彼らのような外国人が、日本に長く居てくれれば、それは嬉しいことだ。そして、彼らが日本での生活で良い思い出を作り、日本の自然、文化、人のファンになってくれるように願う。

しばらくして、女将さんにお会計をお願いし、僕らは席から立ち上がった。

「お騒がせして、すみません」と、声を掛けてくる。
先ほどのジーンズの似合う可愛らしいタイ女性だ。

久しぶりにそんな日本語を聞いた。日本人より日本人らしい外国人。その彼女に、日本のどこか懐かしいような挨拶に、ホッとさせられる。

「いえ、いえ、全然。自動車の●●の方ですか?」

そうです、●●ですと、誇らしそうに応える。従業員にそう言って貰えるなんて、いい会社、いい職場だ。
楽しんでね、と挨拶し、その場を後にお勘定に向かう。

「タクシー、呼びましょうか」と、
あのお喋りな女将さんが心配そうにきく。

僕は内心賛成していたが、きこしめして上機嫌の友人Bが、いらない、いらない、と言い張る。

駅まで、かなり遠いですよと、我々3人の中年をあきらめずに心配してくれる。多少お節介だが、心遣いが暖かい。

暖簾をくぐると、波の音がかすかに聞こえてきた。
結局、友人Bの元気に負け、歩くことになった。

上り坂が長々と目の前に続く。その先の夜空に、ぽっかり月が浮かんでいた。長い上り坂に憂鬱な僕にとっては、あっけんからんと居座っているように見える。

僕は体力に自信がないので、勢いをつけて坂を上がる。
自然と早足になる、その方が楽なのだ。
すると、二人は段々遅れていく。

「おーい、速いよ。きつい、きつい。」と、友人B。
「タクシーのれば、良かった」と今更なことを言う。

「お前が、いらないって、言ったんだろう」

「きついものは、きつい」

だから、言わんこっちゃない。

3匹のおやじが、いい年してじゃれ合いながら、そして坂道に軽く悪態つきながら、月夜によろよろと坂を登っていく。電灯に照らされる3人の影も、ふらふらしている。少し可笑しくなる。やはりいい仲間だ。

上りきった。平場にやっと出た、一息つける。
と思ったら、遠くの右前方から長い光の筋が見える。電車だ。狙っていた電車の一本前の電車に違いない。早足で来たので、図らずも遭遇することになったのだ。

どうしようか、一瞬迷う。
まあ、いいよね、無理は禁物。

「走るぞ!」と突然、友人A。

えっ、糞っ、走るのかよ。がんばり過ぎじゃない?
人生には想定外なこと、余計なことが起きる。

漁港手前のお寿司屋さん、タイの若者の研修生活、3人の中年男のゴルフ生活が交錯した月夜。
気持ちの良い夜だったが。。。

僕らは、ゼイゼイ最後の力を振り絞って走り出した。
死んだら、化けて出てやるぞ、友人Aよ。




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